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□愛色アーチ
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何百、何千という膨大な数の薔薇が頭上でアーチを作っていた。
柔らかく漂う薔薇の香りを通り過ぎて、日本の手を引きながら歩いていく。

自慢の薔薇園は、俺の好みで作らせた植物園の一部だった。
数年前に完成した薔薇園の、特にこだわった薔薇のアーチは不思議の国のアリスのイメージもあって出来たもので、アーチに限っては毎年一色に統一される。
去年は白薔薇のアーチ。その前はピンク。

今年のアーチを赤一色にすると決めたのは無論、ようやく気に入るように出来上がった植物園を日本に見せる為だった。

貸し切った薔薇園には今日、俺たち以外は誰も居ない。
こぼれたジュースをモップで拭う清掃員も、カラフルなアイスクリームを売るミニスカートの売り子も、一輪の薔薇を配って周る着ぐるみも、本当に誰も。

森閑とした薔薇園は、時間の流れが止まっているかのように現実味が無かった。


「この薔薇のアーチの中を、好きな人と手をつないで歩くと、二人は薔薇によって固く結びつけられる──だってよ」


アーチを赤い薔薇に統一しただけで、メディアは根拠も無いくだらない謳い文句を勝手に作って勝手に広める。
”くだらない”謳い文句を俺同様に一蹴する……ということはなく、日本は「あぁ」と頷いた。


「なるほど、そういうことでしたか」


日本は俺の右手と繋がった自身の左手に目をやり、それ以上は口にしなかったものの、納得がいったというふうに穏やかな笑みをつくった。

途端に何故だか、今更ながら恥ずかしくなって右手の手汗が気になるが、ここで繋いだ手を離してハンカチなんかを取り出したら、薔薇に囲まれたメルヘンなムードがぶち壊しだ。

湿りだす背中と、沸騰する頬の熱をどうにかこうにか堪えて先へ進む。
日本は微笑んだまま、俺の気持ちを察したように何も言わずに、白々しく「綺麗ですね」と言った。


アーチの向こうにあるのは、縦に伸びる筒型の植物園だ。中央には噴水があり、掬うように合わせた両手から水を与え続る女神像がある。
噴水を中心に1mほどの距離をとって半円に取り囲むのは、色とりどりの植物だ。

たどり着くと、日本は俺の手を握ったまま感嘆の声をあげた。


「……どうだ?」


右下にある顔を伺うと、日本は首を伸ばしてぐるりと周囲を見回し、


「とても、素晴らしいです。 なんて綺麗な……。 すごいです。 すごく、美しい」


さきほどとは全く違う「綺麗」に、気分が良くなる。

ほとんど日本の為に作ったような施設だ。日本を感動させられなければ意味がない。その責務も、この薔薇園は無事に果たしたようだった。

日本は目を輝かせて、まだぐるぐると周りを見ている。
目を輝かせている珍しい日本の横顔を見て、そっとその肩を抱き寄せた。握ったままの日本の手が少しだけ力み、すぐに脱力する。


「…………好きだ」


細い背中に手を回すと、同じようにこちらにも手が回された。
日本は”くだらない謳い文句”を知っていたのだろう。


「私もお慕いしております……イギリスさん」


控えめな囁きは、それでも俺が望む一番の言葉をくれた。



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