be in love, again


□Prologue*〜
1ページ/1ページ

この街も今日で見納め。
雨上がりのアスファルトの上を、私はゆっくり歩いていく。
生まれ育った街と今日でさよならしなければいけないのだと思うと、自然と歩調が遅くなった。
いろいろあったなぁ。
幼い頃からの思い出を振り返りながら、一歩一歩を踏みしめて歩いた。
明日私は結婚する。
よぼよぼのおばあちゃんになっても離れたくないと思える人と、人生で最高の人と結ばれるのだ。

そういえば、「最高」もあれば「最低」もあった。
この通りを歩いていると特にそう思う。
ここで出会った彼は、私の人生でいちばん「最低」だった人だから・・・

『千景・・・』

時の悪戯なのだろうか。
俯いて歩く私の目の前に黒く光る革靴が目にとまった。
反射的に顔を上げると、そこには「最低」の彼の姿があった。

「相も変わらず辛気くさい顔をしているのだな」
『うるさい。あんたのこと考えてたからよ』

そりゃあ辛気くさい顔にもなるでしょうよ。
私はキッと千景を睨みつける。
反対に、千景はふんっと鼻を鳴らして私を見下した。

「おまえが俺を、か」
『そうよ。あの日のことを思い出してたの』

何を言おうと、千景は不適な笑みを浮かべたままだった。
あの日のことなんて、彼は眼中にもないのだ。
だから彼は、私がどれだけ傷ついたかなんて知らない。
どれだけ泣いたのかも知らない。

『今日でここに帰るのも最後なのに、千景の顔なんか見たくなかった』

腹が立ってきて、きつく言い放つ。
彼の顔から、一瞬、笑みが消えた。

「どういう意味だ」
『結婚するの。彼が来月から海外に転勤するから、私もついて行く』

「・・・そうか」

千景はそれだけ言うと、視線を私から道路へとそらした。
てっきり、「おまえにも引取先はあるのだな」
って、笑われるのかと思ってた。
いつもみたいに私を馬鹿にしたいだけするのかと。
私もそのつもりで身構えていた。
なのに、今の彼の横顔は、少し寂しそうに見えた。

「誰もいないなら、俺がもらってやったのにな」

千景はぽつりと呟いた。
なぜ、今そんなことをいうのだろう。
どうして、あの時に言ってくれなかったの?
私を捨てたのは、あんたなのに・・・・・・

『まだ許したわけじゃないから』

私の視線はいつの間にか自分の足下に戻っていた。
派手なエンジン音の車が隣の道路を走り去る。

「それでいい」

音にびっくりして顔を上げると、千景は自嘲気味に笑っていた。
私は彼から目が離せなかった。

「おまえと違って俺は忙しい。」

それだけ言うと千景は私に背を向けた。
元気でな。
街路樹の葉が擦れ合う音に紛れて、別れの言葉が聞こえる。
この街と同様、彼の声を聞くのも今日が最後。

千景は通りの先に見えなくなった。
ふつう送り出されるのは出て行く私のはずなのに、私が彼を送り出したみたいだ。
千景は最初から最後まで自分勝手な人だった。
そう思うのも、今に始まったことではないけれど。

本当は、私は彼に会いたかったのかもしれない。
彼と出会ったこの通りに来たのも、心のどこかで彼を探していたからなのかもしれない。
だから3年間、電話帳から彼の番号も消せなかったのだ。

千景に言ったとおり、私はまだ彼を許していない。
彼は私の人生でいちばん「最低」な人だった。
けれど同時に、いちばん「最高」の恋をした相手だった。
一生忘れられない恋だった。
それに、明日結婚する彼と出会えたのも、ある意味では千景のおかげ。
本当、皮肉な話だ。

私はこの先、何年経っても、結局は彼のことを忘れられないのだろう。
そういえばさっきの派手なエンジン音の車は、あの日の千景の車に似ていた気がする。
一つ思い出すと、いくつも記憶が蘇ってきた。
それを辿り終えるまで、私はその場に立ちつくしたままだった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ