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□きっとキミを好きになる
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激闘の全国大会も終わり、ジュニア合宿も無事に終了して間もない秋の午後。
俺・大石秀一郎は、共に黄金ペアと呼ばれたパートナーの菊丸英二に呼び出され、二人の思い出の場所であるコンテナの上にいた。
いつも待ち合わせに遅れてくる英二が珍しく先にいて、「めずらしいな」なんて声をかけて横に腰掛ける。
まあね、といいながら、英二はずっと俯いたままこちらを見ない。
顔をこわばらせて、ブラブラとさせてる足をじっと見つめたままだ。
いつもと様子が違うな。
試合で負けたときですら、こんな顔しなかったのに。
英二のほうから話があるといわれてたので、俺は英二がしゃべり始めるまでじっと待っていた。
とても重要な話なんだろうか…。
なにか問題でも起きて、その対処に困ってるとか。
俺で解決できることならいいけど。
沈黙の間に予想できることを大体頭に巡らせて、英二が話し出すのを待った。
すると、いきなり顔を上げてこっちを見たかと思うと、ぎゅっと俺のジャージの袖を掴んできた。
「あ、あのね、大石っ」
「ん?」
やっと話す気になったのかと思い、俺はどこか緊張気味の英二を安心させようと笑顔をみせる。
「あのっ、大石って、いま好きな子とか、気になる子とか、いる?」
「今は、そういうのに気が回らないなぁ」
いきなりの話に思考が止まりかけたけど、なんとか間を空けることなく答えた。
「ん、んじゃさ……俺と、お試しでいいから、付き合ってみない?」
「…付き合うって、どこに?」
「そ、じゃなくて、恋人……みたいな、感じ?」
「……………え?」
言われてる意味がいまいち理解できなかった。
でも、英二の口から「恋人」という単語が出たことは確かだった。
「俺、大石のこと、すき…なんだよね」
「俺も英二のことは好きだけど…」
「違う違う。大石の好きと俺の好きは、種類が違うよ」
英二は必死に首を横に振る。
「種類って…」
「大石の好きは、仲間とか友達としての好きだろ?俺の好きは、恋愛感情の好き」
そういわれて、ようやくさっき聞いた「恋人」という単語と話の内容が一致する。
「……………」
「…引いた?」
恐る恐るといった風に、英二は上目遣いで俺を伺ってくる。
「いや、驚いてる」
今の言葉は本当だ。
そういう意味で「好きだ」といわれて、どうしてだか気持ちが引くことはない。
本当に驚いている。
英二の言ってることが冗談だとも思えない。
冗談なら、俺のジャージの袖を掴んだ手が、ここまで震えることがないと思ったから。
ただ驚いて、そしてどうしたらいいのか考える。
頭の中がぐるぐるしてきた。
どうしよう。
英二をそういう目で見たことがないし、かといって、真剣に伝えてくれた英二の気持ちを無視するのもできない。
英二がこんな大切なことを、ふざけて言う人間じゃないということは、俺が誰よりも知っている。
一番近くに、いつも一緒にいたんだ。
ちゃんと考えてやらないと。
じっと、伝えられた言葉にどう答えようかと考えていたら、英二が掴んでいたジャージの袖をくいっと引っ張ってきた。
英二の大きな瞳が、不安げに揺れた。
次の瞬間、ニッコリ笑ってその瞳を消す。
「深く考えなくていいからさ、お試しで1ヶ月。俺のこと、大石の恋人にして。お願いっ」
さっき隠れたばかりの不安に満ちた瞳が、また俺を見る。
いつもニコニコ笑ってる英二の顔が、緊張と不安で曇ってる。
そんな顔、見たことがなかった。
そんな顔、させたくなかった。
そんな顔を、俺がさせてるのが嫌だった。
俺は、震える英二の手をそっと握って、ぎゅっと力を込めた。
「分かった。いいよ」
俺の答えに、英二は目を瞠って驚いて、そしてうれしそうに笑った。
俺はホッとして、つられるように笑った。
この時、どうしていうことを聞いてしまったのか分からない。
たぶん、俺のジャージの袖をつかんでた英二の手が、すごく震えていたから。
英二を悲しませたくなくて。
その震える手を、止めてやりたくて。
俺は、頷いてしまったのかもしれない。