TOX2裏連載

□呪いの力
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一旦ルドガーの家に戻ろうと、ヘリオボーグを出てトルバラン街道を中ほどまで進んだ時だった。
ジュードのGHSが鳴り、動揺した女の声が聞こえてきた。

『先生、マキです!
今、研究所に例の人達が来てて。
先生の装置を売れってしつこいんです』

「バランさんは?」

『バラン所長は後援会の集まりがあって戻れないって。
私達じゃどうしたらいいか……!』

「マキさん、落ち着いて。
今、ヘリオボーグですよね?」

『あ、はい』

「すぐに戻ります。
今は先方が何を言っても、乗らないで。
他の皆にもそう伝えて下さい」

またか、と溜息をつく。
源霊匣の成功率はいまだ八十パーセント。
そんなもの、一般の人々の手に渡らせるわけにはいかない。
ジュードが困った顔でこちらを見る。

「ごめん、今の聞こえたよね。
ちょっと行かなきゃならないんだ。
ヘリオボーグで一緒に源霊匣の研究をしてる人なんだけど、興奮してるみたいで」

「はっきりと断ればいいものを。
今回はともかく、しつこいならつまみ出せと言っておけ」

「あはは……。よかったら、リベルも来る?」

「同行させて貰おう。
源霊匣を完成させると宣言した以上、放置しておくわけにもいくまい」

他の皆は先にトリグラフに帰って貰い、ジュードと二人でヘリオボーグへと戻る。
少々腰が痛むのか、ジュードの動きはぎこちなかった。
襲いくる魔物を一手に引き受けて、様子を見ながら早足で歩く。
総合開発棟の十三階に上り、扉の前で聞き耳を立てた。

「お互い、悪い話ではないでしょう?
利益は必ず約束致します。
マティス先生のご意見を伺うまでもないと思いますが」

「で、ですから……そういう話は全てお断りしていると何度も……」

「あなた方の事情も耳に入ってきているんですよ。
これからも研究を続けていくなら必要な事ではないですか?」

「そこまでだ」

鋭い声に部屋内にいたものは動きを止める。
部屋に入ってきた二人を見て、男は一瞬渋い顔を見せた。

「ジュード・マティスです。
お待たせして申し訳ありません。
ご用件は、僕がうかがいます」

「これはマティス先生。それに、リベル陛下も……。
あなたの装置について、丁度ご相談させていただいてたのですよ」

「だから、あれはまだ臨床試験が済んでないんです!
商品契約なんてお受け出来ません」

「マキの言う通りだ。成功率を百パーセントに、なおかつ暴走はしないと断言出来るまで契約は出来ない」

「実用化には十分でしょう。
私どもと独占契約を結んで頂ければ、必ず高い利益をお約束しますよ」

「くどい」

不機嫌そうに眉をしかめれば、うっと男は声に詰まった。
ごり押しは得意だが、されるのは滅多になかった。
ここ、ヘリオボーグにはラ・シュガルからの助成金も出している。
リベルの名は無視出来ない筈だ。

「ここに来るのは、俺を通してからにして貰おう」

「随分と余裕がおありだ。
源霊匣の予算も大分かさんでいるようですが、出資者の方々は納得されているんでしょうか?」

「それを話してやる義務はない。
研究の邪魔だ。お帰り願おう」

取り付く島もない。
男は忌々しそうにリベルを見て、勝ち目がないと判断してようやく足を動かした。
擦れ違いざま、ぼそりと呟く。

「マティス先生へのご贔屓も結構な事です。
馴れ合いだけでは世の中渡っていけませんよ」

「もし事故を起こせば、お前達にではなく研究者が責任を取る事となる。
全ての責任を負えぬくせに、口だけは一人前だな」

「これは失礼。ご機嫌を損ねてしまったようです。
……が、よくお考えになった方が宜しいかと。
今後の研究の為にも……ね」

男が去り、ようやくほっとした空気が流れた。
ジュードが怖い思いをさせてすまないとマキに謝る。
王としての義務、そして源霊匣の完成を同時に果たすと一年前に宣言した。
だが、実際は国政と外交で手一杯だ。
そう、それでも俺は安心していた。
源霊匣の事は、あいつに任せればいいと……

「行こう、リベル」

「ああ……」

生返事になってしまった。
あいつ、はジュードの事なのだろうか。
ふとマキの視線に気付いて振り向く。

「何か?」

「い、いえ……。ジュード先生の事、悔しいけど宜しくお願いしますね」

「……ああ」

マキ、はジュードに好意を抱いているのだろうか。
総合開発棟を出て通路に出ると、風が吹き付けてくる。
それを感じるようにジュードは目を閉じ、ふうと一息ついた。

「いつもお前が対処しているのか?」

「バランさんがいない時は。
僕がしっかりしなくちゃいけないから」

「……お前を贔屓にしていたと言っていたか。
そんなに有名だったのだろうか?」

「どうだろう……。でも、あなたはいつも僕を守ってくれてたよ。
ああいう人達もリベルが圧力をかけてくれてるから、減った方なんだ」

「……そうか。俺は、お前を信頼していたんだな」

「うん。してくれてた。
時々、自分の気持ちが置き去りになるような感覚にも陥るんだ。
でも、あなたも同じだって知ってるから、一緒に乗り越えようって言ってくれたから。
だから尚更、その期待に応えなきゃって思うんだ」

前向きに笑ったジュードを、どうしてか抱き締めたいと思った。
背中でも叩いて、無理するなよと。
実行には移さなかったが、その代わりに胸に手を当てた。


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