TOX2裏連載

□優しい歌
1ページ/5ページ


翌朝、道標の存在確立が高いと判定された分史世界の連絡を受け取った。
ルドガーとエル、ジュード、エリーゼ、ミュゼと共に分史世界に向かう。
立て続けに分史世界を破壊した疲れはあったが、気を引き締めてキジル海瀑を進む。

「ここには岩に擬態する魔物がいる筈よ。注意した方がいいわ」

「……ミュゼって魔物に詳しいんだね」

「だって、変なの怖いんだもの!」

「変なの、を具現化したような存在が何を……」

「私のどこが変なの?リベル?」

「言及は避けておこう」

「なんか、リベルとミュゼって気が合ってるっていうか、似た者同士だよね」

エルの何気ない呟きに二人同時に心外だとでも言わん顔をする。
一般人から見ればリベルも十分奇特な人間だ。
自分の事を棚に上げて、という意味では似ているかもしれない。

「連携は、意外とミュゼとが組みやすいが……」

「そうね。あなたとのリンクって、気持ちいい……」

「俺もだ。相性がいいのだろうな」

「私が感じてる快感をあなたも感じてるのね?」

「感度も良好だな」

『言われてみれば息ぴったりー!』

「一年前と比べると、リベルもミュゼも話しかけやすくなりましたよね」

「でも、このやり取りは誤解を生みそうだよね……」

苦笑いをしているジュードの言葉にこくこくとルドガーが頷く。
分かって、あえてミュゼの言葉に乗っかっている。
ノリ、というのも大事だと学んだからだ。

「あなたに使役されるのも悪くないかも」

「俺は激しいぞ?」

「きゃっ」

「もう、そこまでにしなよ」

不敵そうに笑むリベルと語尾にハートでも飛んでいそうなミュゼを見かねてジュードが間に入る。
悋気でも感じているのだろうか。
行こうと促されて会話を打ち切る。

エルが貝を見つけたと波打ち際まで走っていく。
改めて小さな背中を見て思う。

「やはりエルを旅に同行させるのは危険だと思うが……。
かつてのエリーゼには増霊極という力があったからこそ、俺もアテにしていたが」

「人間って、守るものがある方が強いんじゃないかしら?」

「万が一、守りきれなかったという場合も考えられる。
人の命は儚い。呆気なく散ってゆくものだ」

「そうだね……。一人残されるのは、辛いよ」

感情を押し殺すようにジュードが呟き、その肩にそっとミュゼが手を置く。
私もひとりぼっちはもう嫌、と。
独り、それは俺も嫌だ。
人の温もりを再び知ってしまったから、失うのが怖くてたまらない。
失うくらいなら、こんな命で皆が守れるなら……
もしかしたら、ジュードも同じ事を考えているのかもしれない。
力強さは感じるのに、いつもどこか危なげで放っておけない。

歌が聞こえて、ルドガーがはっと顔を上げた。
つられるようにしてその方向へと歩いて行ってしまう。
エリーゼとミュゼにエルを任せ、巨岩の上に座っているユリウスに近付いた。

「鼻歌……懐かしい気がするメロディだな」

「我が家に伝わる古い歌でね。
君にもよく歌ったよ」

「俺に……?」

「会いたくて仕方がない相手への想いが込められた『証の歌』というらしいが……」

ユリウスという男とどこかで自分は出会っていたのだろうか。
歌を歌われた覚えなどない。
首を傾げているリベルを見下ろし、ユリウスは静かに微笑んだ。

「もうすぐ道標が現れる筈だ。油断するなよ」

つんざくようなエルの悲鳴が聞こえ、考えるより先に身体が動く。
時歪の因子に襲われた、そう考えるのが妥当だろう。
黒い靄を纏った奇妙な魔物、そいつがエルに精霊術を使ったらしい。
エルは今も苦しんでおり、キジル海瀑という場所柄、すぐに魔物の正体に思い当たった。

「海瀑幻魔か」

カナンの道標の中に確か海瀑幻魔の眼があった筈だ。
正史世界では既に絶滅したが、この分史世界では何らかの要因で生きていたのだろう。

「呪霊術だ。術者を倒さない限り、効力は消えない」

透明になって魔物が消え、ちっと舌打ちをする。
獲物が弱るまでは絶対に姿を現さないだろう。
エリーゼが懸命に回復術をかけているが、エルの命は削られるばかりだった。

「何を……っ!」

「君はやはり……自分を傷付ける事に躊躇いがないんだな」

ジュードが息を呑む気配がした。
ユリウスが悲しそうに呟くのが視界に入る。
大概の魔物は血の臭いで誘き出せる。
腕を短剣で切り裂き、見せ付けるように腕を掲げた。

「何かを守りたいと思うなら、傷つくことを恐れるな。
剣よりも、盾になれる人間になれ。
本当に怖いのは何か、すぐに分かるだろう?」

「こんなに深く……。あなたって人はどうして……」

くしゃりとジュードが顔を歪ませる。
ルドガーはリベルの言葉に考えさせられたようで、すぐに迎撃する体勢を取った。
リベルの背後に現れるも、咄嗟にジュードが庇って砂浜に倒れこむ。

「ミュゼ、ルドガーのサポートお願い!」

「ええ!」

エリーゼはエルにつきっきりで、ジュードもすぐにリベルの治療に当たる。
自分の事はいいから、と言うも、ミュゼがいるから大丈夫、と言い張って治療を止めなかった。

「開口、無窮に崩落する深淵!グラヴィティ!」

ミュゼお得意の術が決まり、動けなくなったところをルドガーがめった斬りにする。
骸殻の力で変身したルドガーがいつもとは少し違う姿に変わっていた。
手足だけでなく、上半身にもくっきりと装甲のようなものが浮かび上がっている。

「骸殻能力が、進行した……?」

時歪の因子を壊し、道標が手に入る。
エルも無事に起き上がり、霊力野を酷使したエリーゼもほっとした笑みを見せた。
自分で切り裂いた傷口も塞ぎきり、礼を言って立ち上がる。

「またどこかに行くのか」

「君の自己犠牲心の強さは、一種の強迫観念すら感じられる。
リベルの事を大切に思っている人が苦しむのを忘れてはいけない」

「……母上は身を挺して俺を助けてくれた。
俺もそんな人になりたいと……」

「駄目だよっ!そんなの、もう許さないから……」

生きてよ、とジュードに懇願される。
もちろん死ぬ気はないと返せば、まだ不安そうに俺を見ていた。
その間にユリウスは消えてしまい、結局言葉の真意を聞く事は出来なかった。


.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ