short story

□幸せの形
1ページ/4ページ

〈 幸せの形 〉  



瞼が開くと、そこにはいつもの天井。

窓の外には青空が広がっていた。




――ジリリリリリリリリ


びくっと我に返ると、目覚まし時計が鳴っていた。


「あー…うるさ…」


ガンッという音と共に音が止んだ。


「んー…」


今日は木曜。

仕事は休み。

二度寝しようと目を閉じた。



「ねぇ、いつまで寝んの。」



そんな声が右耳に入った。


「よくそんなに寝れるね。」


目を少し開けると、ベッドの横で椅子に座ってこっちを見ている彼女がいた。


「ご飯出来てるから起きて。」


そう言って寝室を出て行った彼女。

寝起きで視界がぼやけていたが、確実に面倒くさそうな顔をしていた。


「はぁ...眠い。」




"パン屋になる。"


そんな夢を持ったのはいつ頃だったろうか。

確か、そこにも彼女がいて、


"何年後の話してるのか知らんけど、一人でやってよね。"


その時も、面倒くさそうな顔をしていた記憶がある。

教室の窓側で、君とずっと話していた。

人と関わることが苦手で、いや、苦手っていうか面倒くさい俺は、君と色んな話をした。

それは何年も前で、たった数年前にも思われる。


子供の頃の夢を実現させるっていうのは思っていたより、割と簡単だった。

こんなこというのは世のビジネスマンの方々に失礼だとは思うけど。

俺にはパン屋になりたいっていう夢しかなかったから、何も悩む必要がなかった。


今では君と一緒に夢を叶えたその先にいる。

カッコつける訳じゃないけど、「ピリオドの向こう」という言葉を初めて知った気がする。
君のおかげで。




「今なに考えてんの。」


君が作るご飯が好きだ。

特別美味い訳じゃない。でも食べると安心する。


「ん?別に。」


君がいてくれてよかった、ありがとう。

…なんて、そう簡単に言えるものじゃない。

死んでも言わない。


「えー、なになに?」

「なにもないって。」


昔からコロコロ変わるその表情は、見ていて飽きない。

すごくニヤついた目を向けてくる。


「なにを望んでるんだよ。」

「いや、別に、望んでるっていうか、気になるだけ。」


首を傾げて味噌汁をすする君。


「まあいいや。」


いいのか。


「あ、そういえば、あの件、考えてくれた?」


君が真っ直ぐで澄んだ目を向けてきた。


……あの件?



「なんだっけ?」


「裕の文化祭のこと。」



あー…


言ってたような、言ってなかったような。


「何を考えないといけないの?俺は。」

「これ言うの4、5回目ぐらいですけど。」


忘れやすいの知ってるだろ。


「軽音部は午後かららしいんだけど、私その時間にお得意さんにケーキ届けに行かないといけないから、あなた行ってくれない?」


また面倒くさそうな顔で話す君。


「いつ?」


俺が麦茶を注ぎながら言うと、君はため息をついた。


「メモ取るとかしなさいよ。」


えー


「面倒くさい。」

「あんたねぇ。」



ああ、これはあれだ。

この顔は。



「呆れすぎてもう何も言えない」の顔。



.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ