short story
□幸せの形
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"来週の月曜日だから、空けといてね"
予定を見ると、ガラ空きだった。
パン屋は月曜と木曜が休みである。
「ふぅ。」
ほっと胸を撫で下ろす。
これで予定が入っていたらなんて言われただろうか。
"えっ、あんな暇なのになんでそういう日に限って予定入ってるわけ"
あの面倒くさそうな顔が浮かぶ。
to--- from---
行けそうなので時間教えて。
パン生地の材料を買ってきている彼女にメールを送る。
俺は今から、新商品のアイディアを考えようと思う。
というかやらないといけないんだけど。
「んー…、眠い、」
考えれば考えるほど、眠くなる。
鉛筆を回せば回すほど、浮かばない。
「…―――――――、あ」
気付けば、確実にパンではない絵を描いていた。
まあ所謂、落書き。
「これちょっとうまく描けたじゃん。」
ちょびっと描いた人みたいな花みたいなふざけた絵を、少し真剣に描き始める。
絵を描くのが好きだ。
意外に上手いのも、唯一の取り柄。
"パパ上手ーっ"
裕にそう言われた時は、絵が好きで本当によかったと思った。
俺は普通の人とは少し感性が違うようで、みんなが気持ち悪いと思うものを可愛いと思う事がある。
たとえば、菌類とか、キノコ類とか。
ひょこってしてて可愛いと思うけど、俺の周りの友人は"意味が分からない"の繰り返しである。
別に変人とか、そういう訳じゃない。多分。
「…よし。」
「よし、じゃないよ。よくないよ。なにこれ。」
気付くと後ろに彼女が立っていた。
「え、可愛くない?」
「可愛くない。なんなのこれ。」
すっごい嫌な顔をされた。
そんな顔されるとちょっと傷付くよ俺。
しかも即答だったし。
「絶対可愛いよ絶対。」
俺は自分でうんうんと納得し、スケッチブックを閉じた。
「いやいやいや、仕事!」
…ああ。
「忘れてた、すまん。」
「忘れてたって...」
ほら、またその呆れた顔。
「ちゃんと描いといてよー」
そう言って出て行った。
今どんな顔か、声で分かる。
「あいよー」
人はたまに、想い出に浸りたくなる。
俺もこんないつも呆れられるようなやつだけど、君を見ているとたまに青春を思い出したくなるんだ。
机の引き出しから、B5サイズの一冊のスケッチブックを取り出した。
ぱらぱら、とスケッチブックの前の方のページを見た。
授業中に、俺の横の席で居眠りをしている君がいた。
笑っている顔、真剣な顔、悲しそうな顔、面倒くさそうな顔、夕暮れに染まる空を、窓から見て黄昏る綺麗な人。
色んな君がいた。
悔しいけど、なんで悔しいのか分からないけれど、綺麗だと思った。
――…・・
―――…・・・
―――――……・・・・
スケッチブックの上は寝心地が良い。
「親父、飯。」
聞きなれた声に目が覚めた。
「ん、あぁ、今行く。」
「寝てたのかよ。」
裕もよく「面倒くさそうな顔」をする。
「眠いんだから。」
椅子から立ち、自分の部屋を出るとスパイシーないい匂いがした。
「あ、カレー?」
「うん。」
彼女が湯気の立つ、いかにもおいしそうなカレーを持ってきた。
「うっまそー。いただきー。」
裕がダイニングチェアに座ってスプーンを持ち、カレーを頬張る。
「うまっ」
そう言ってまた食べる。
…成長期恐ろしい。
そんなことを思って、俺も席についた。
「またそんなに口にいれて。むせないでよ?」
彼女はまた違う皿を持ってきてテーブルの中央に置く。
「たいほうふたいほうふ。」
どんだけの量が入ってんだお前の口は。
我が息子ながら俺よりバカだな裕は。
「誰に似たんだろうね。」
彼女がちらっとこっちを見てカレーを食べた、
「え、俺?」
「あなたしかいないでしょ。自分の口の状態を見てみなさいよ。」
気付けば、俺の口は裕と同じような状態だった。
「だって美味いんだもん」
裕がそういうと、彼女はちょっと言葉に詰まった。
「いやまあ、嬉しいけども。」
あれか、今流行りってやつのあれか。ツンデレか。
一日が終わり、9時にはベッドに入る。
「おやすみ。」
「ん。」
彼女と裕はもう少し遅くまで起きているようだ。
仕事があるとどうしても朝5時には起きないといけないから、これぐらいに寝ないと俺的には満足しない。
にしてもあれだ。隣がいないダブルベッドは孤独。
ていうかうちってなんでダブルベッドなんだっけ。
今さら照れくさいとか、慣れたからないけれど。
廊下を伝って聞こえる二人の穏やかな声が柔らかな子守歌となって、心地よく寝むれた。
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