界と界

□蛍行灯
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先程まではあれほどあった祭りの喧騒はどこへやら、不思議なもので街からほんの少し離れたら人気がまったくなくなった。
歩く度に下駄がからり ころりと鳴る音にも、ようやく耳が慣れてきた。着慣れぬ浴衣はいつの間にか開けて、熱った体に涼しい風を送ってくる。
多少、呑み過ぎた酒のせいか、わりと思考が陽気で気分もいい。それはきっと、隣を歩くコンラッドも同じだろう。

「涼しいな」
「あぁ、そうだな」

会話らしい会話がなくても、けっして気まずくはならない。別に冷めているわけではなく、二人が不必要なまでのお喋りでないためで、話す時は話して、沈黙の時は沈黙に徹する。
流れる沈黙が重苦しいものではないからか、或いは相手が空気のようにそっと隣にいるからか、沈黙が長くなるのが常だ。
心地好い沈黙の中、右手に持った酔いの勢いで買った狐の面を意味もなく被ってみたり、ぶらぶらさせていたりしていると、コンラッドがふっと笑った。

「子供みたいだな」
「んー。心はいつまでも少女よ」
「……少年だったら、まだましだ」
「ましって、お前……。まぁ、いいけど」

互いに声を立てて、肩を震わせているとさらさらと川の細流が静かに耳を打つ。示し合わせたわけでもなく、川に向かって足を進めると、地上に星が瞬いていた。
正確には、淡い翠色の宝石が彼方へ此方へと、飛び回りながら瞬きを繰り返し、川の畔を淡く緑光に染めていた。

「蛍か」

露草に集まり、互いの存在を確認し合うように瞬いては、川を滑る。二人が近くにいても、蛍は逃げることなく、むしろ寄って来ては離れていく。敵か味方かを判断するように。

「星みたいだ」

思わず、先程掛けられた言葉をそっくりそのまま返したくなった。
コンラッドは子供のように無邪気に笑って、指を差し出して、蛍が留まる度に笑みを浮かべる。
まるで、子供に戻ったように、楽しそうだ。



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