界と界
□廻る季節に併せた掌
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暦の上では春とはいえ、夜半の空気は張り詰めていて、肌に刺さる。しんと静まり返った闇空に輝く星は、空気の清澄さのお陰か輝きの透明度が違っている。ヨザックは人気の薄い庭園を酔狂な時間に歩いていた。これも全ては、不意に目覚めたらいなくなっていた獅子のせいだ。
「……こんな時間にこんなとこで何やってんですか。隊長」
「特に、何もしていない」
死角になりがちな庭園の片隅にある東屋にコンラートはいた。シャツに楽なズボンを穿いて、ぼんやりしていた様は、どうやら見回りをしていた風でもない。
本当に気紛れでやってきたようだった。
「起きたらベッドに一人きりってのは、切ないものがあるんですけどねぇ」
「それは悪かったな」
大して気にした風でもないコンラートの口調に怒る気も失せたヨザックは、コンラートの隣に腰掛けた。普段ならば、座る所は他にもあるだろうと邪険に扱う筈が、今日はそんな言葉が飛んでくることはなかった。
「……春の匂いがしたんだ」
取り留めない言葉は一見すれば、独り言のようではあるが、今は会話の糸口であり、先ほどの返事でもあった。詰まるところ、何故ここに来たか。
「春の匂いねぇ」
取り留めたことのなかった匂いが、急に香りだす。目覚め、育み出した土の懐かしい香り、咲きかけた花の甘い香りが、無味の空気に色を付ける。これが春の匂いというならば、誰もが浮かれたくなる気分にさせるだろう。ヨザックは急に気になり出した香りに内心で舌打つと、些細な変化も伝わってしまう間柄のコンラートが空気の変質に気付き、ヨザックを見やる。
「どうした」
「……いいえぇ。なんでもありませんよぉ」
「お前がそういう口調の時は決まって何かある」
共にいた時間の長さが伝える勘。それは煩わしいほどの的確さだった。適当な誤魔化しが通じない間柄である以上、腹を割るのが妥当。けれど素直になどなれないのがヨザックがヨザックである所以だ。
「大したことじゃないから気にしないで下さいよ。隊長」
「お前が気にならなくても、今俺が気になっている」
あえて強調された言葉がやけに耳に残る。一歩も引かないらしいその事実を知っても、口にはしたくない。したくはないがと、足掻いたヨザックはくしゃりと髪を掻いて諦めた。