界と界

□夢魔が降り立つその夜に
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雨の夜は嫌いだった。
傷を或いは、疵を疼かせて、安らぎを与えさせぬかのように苛み続けるから。
生きている限り、この苦しみから逃れることはできないだろう。それが、科せられた重い十字架だから。
生きて傷を、過去を忘れぬことが、唯一罪を贖う方法だから。

雨の夜は、己の罪深さを知らしめられて、苦しかった。





今日も同じ夢を見る。
それは過去の記憶。
体に刻み込まれた忘れえぬ古傷。
戦うことが生きることと同義だった時代、剣を握る手はもう何百という人間を屠り、血に塗れ、後ろに転がるは敵も味方も関係ない骸たち。
骸の虚ろな瞳が語るのは、絶望、怨み、苦しみ、慟哭。
不条理なこの世界に対してのものか、はたまた死に行けと命じた上官へ向けるものなのか、殺した者になのかは、骸は語らない。
ただ留まることを知らない念だけがいつまでも残り続け、この地を彷徨う。
肉を切り裂いて、骨を断ち、刹那に上がる絶望或いは侮蔑の声、そして迸る鮮血。
生温い血を浴びながら、誰かを切り伏せて、ようやくこの戦地で生きているという実感が湧く。
最大級の皮肉だ。
誰かを殺すことで生きていると感じるなんて。
弱肉強食という極めて動物的でこの世の摂理とも呼べるものを、戦場という場で体現する。
襲い掛る者たちを切り伏せて、本能のままに走り続ける。

誰かの命を踏み台にして、生きていた。

生きたかった。
同時に死にたかった。




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