界と界

□暗涙
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止まった筈の涙が再び溢れ出すと、硝子細工でも抱くように優しく引き寄せられ、背を摩られた。

「我慢する必要はない。泣きたければ泣くといい」
「う…兄……上ぇ」

赦された涙は、止まることを知らぬように溢れ続けても、グウェンダルはコンラートが落ち着くまで背を摩り、頭を撫で続けた。

「泣かないとばかり思っていたが……こうして泣いていたのだな」

いつも厳しく、冷たい声しか聞いたことがなかったから、嫌われているのだとコンラートは思っていた。けれどグウェンダルはこうして抱き締めてくれた。
ただ嬉しくて、泣きたいくらい温かかった。

「コンラート」
「は……いっ」

胸から顔を離すと、ハンカチが宛てがわれて、顔を拭われる。

「泣きたい時は私の所に来るといい。もう一人で泣く必要はないのだから」
「はい……兄上」

柔らかく微笑まれて、コンラートも顔をくしゃくしゃにして笑った。
優しい腕に抱かれて、広すぎる血盟城の中でようやく居場所が見付けられたのだった。

「ここではお前の味方は少ない。けれどいないわけではないということを忘れるな」
「はい」

促されて立ち上がると、剣胝ができた左手がコンラートの右手をしっかりと包み込んだ。
温かい手を握り返すと、グウェンダルが微笑んで、頭を撫でる。

「時に……コンラート」
「はい。なんですか。兄上」
「ん……うん。編みぐるみは好きか?」

一瞬、どこの編みぐるみですかと訊きそうになったが、この世で編みぐるみといえばあれしかコンラートは知らない。あの毛糸と綿で出来ている。例のあれ。
しかし一体それがどうしたというのだろう。
グウェンダルはなんとも気まずそうにしながら、コンラートの答えを待っていたからコンラートも慌て返事をした。

「好きです」
「そうか」

結局、グウェンダルがそれ以上語らなかったから、コンラートもそれ以上訊けず、二人の間には奇妙な沈黙が落ちた。
回廊で誰かと擦れ違う度に、離れようと反射的に手を引いたが、グウェンダルは離すことなく強く握り締めた。

――私は味方だ――

折れそうな心をグウェンダルは、言葉少なく支えてくれたのだった。
数日後、リボンが掛けられた編みぐるみが、コンラートの元に嫁入りしてきた。
少し歪な茶色の獅子。
冷たかったベットが少しだけ温かくなった。



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