界と界

□暗涙
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部屋の主がいないせいか、ひどく部屋の中が冷たかった。
元々物がない部屋だった。けれど、今はいつも以上に物がない。
身の回りを整頓してから、部屋の主は旅立ってしまったのだろう。永遠に戻るつもりは、ないのかもしれない。
全てを独りで昔から抱え込む男だった。
どんなに傷付いても、苦しくても、いつも平気な顔をして立ち上がり、誰にも弱音を吐かずに進んでしまう性格だった。
ここまでわかっていたのに、グウェンダルはコンラートを救ってやれなかった。
アルノルドに行かせてしまった時、二度とコンラートが苦しまないようにしようとしてきたのに、再びコンラートが苦しむような道を進ませてしまった。

――行って来るよ。グウェンダル――

魔王を迎えに行く時、コンラートは泣きそうな顔をして笑っていた。
時間も差し迫っていたから、その表情の理由を聞いてやれなかった。
ただ一言。

――気を付けて、行って来い――

グウェンダルはただ後悔していた。
あの時、理由を聞いてやれなかったことを、そしてもっと早く苦しんでいることに気付いてやれなかったことを。

「コンラート……」

呼べば返る筈の声は今はない。
グウェンダルの声は拒絶の沈黙に奪われて、誰の耳にも届かなかった。

「……帰って来い。ここがお前の帰って来る場所なのだから」

お前が帰って来るまで、この部屋は私が守ろう。
口には出さずに薄く汚れた茶色の獅子に誓って、獅子を見付けた場所に静かに戻した。
誰がなんと言おうとも、コンラートは必ず帰って来る。
信じてグウェンダルはコンラートの部屋を後にした。

指一本、誰にもこの地を触れさせはしない。
汚させはしない。

仮令、自分の立場が危うくなったとしても、守るべきモノを守り抜こうとグウェンダルは決めていた。

「私はお前を信じているぞ。コンラート」

帰って来たならば、叱ってやろう。
それから、おかえりと言ってみてもいいだろうか。



茜に染まる回廊を、グウェンダルはたった独りで歩いていった。




Fin.
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