界と界

□月桂降りて、哀史を刻む
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元々殺風景な部屋だったが、それでも辛うじて置かれていた私物が、今はなくなっていた。棚にも、チェストにも物はなく、クローゼットに置いた着替と武具以外は全て処分してしまったのだろう。

「捨てたって……なんで」

がらんどうの中に、コンラートは独り、空気に溶け込むように座っているだけで、ヨザックの問いに答える気はないらしく窓から視線を反らさない。窓の外に広がる底が知れない闇をただ見つめているコンラートの真意を探るヨザックは、唐突にそれを悟り、そして闇を見据えるコンラートを無理矢理自身の方に振り向かせた。

「死ぬ気なんだな」

星の散った瞳に、生への執着を見い出すことは敵わず、ただそれでも屈することなき焔は消えていなかったことに、密かに安堵した。もしもコンラートの焔が消えていたならば、皆が犬死にすることになるであろうから。
ヨザックは無理矢理押さえた肩から手を離し、窓の桟に腰を預けた。
また独りで、何か抱え込んでいるのではないかと心配していたが、ヨザックの心配をよそにコンラートは全てを飲み込み、死を覚悟していた。
生き残る可能性は皆無だったが、それでもコンラートならば一人でも多くの者を生き残らせようとするとヨザックは思っていた。けれど違った。コンラートは戦に参ずる者たちの死を以ってして、国への忠義を示そうとしている。無駄死にする可能性が高い戦地にて散ることで、混血たちの汚名を晴らそうとしていた。何千、或いは何万かもしれない国に残る混血たちのために死にに行くのだ。
まるで殉教者のように。
馬鹿な上層部が勝手に始めた戦のために、これほど高潔な男が死にに行かなければならないのは、おかしな話だ。
茶番劇にもほどがある。

「……付いて来いって言わないのか?」
「強制はしない。死にたくないのは……来ない方がいい」
「っな……お前」
「それに、お前はそんなこと言わなくても、副官として付いて来るだろう。ヨザ」

不適に一笑して、さも当たり前だろとでも言いたげな台詞に、ヨザックは上げかけた腰を再び桟に預ける。

「……死ぬつもりか」
「死にたくはないが……。それでもここが命を使う所ではあるな」
「……そうか」




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