界と界

□月桂降りて、哀史を刻む
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もう生きて帰ることはないと納得しているから、私物を整理したのは間違いない。

「いつでもそうやって、一人で納得しちまうんだな」
「そうか?」

そらっとぼけた太太しい若獅子に、ヨザックは深い溜め息と共に桟から離れ、座るコンラートの正面に回ってその唇に触れた。傷だらけの指で、女のような滑らかさも柔らかさも欠けた唇を辿ると、その感覚にコンラートが肩を跳ねさせる。明確な意図を持つ指の不埒な動きに、少しだけ眉根が寄り、ヨザックを睨んだ。
初めてではない。もう何度も肌を重ねてきた。戦地での高揚感が冷めぬ時、眠れぬ時、狂いたくなる時、掻き抱いては無茶苦茶に貪って夜を明かした。
愛情を示す行為ではなく、戦場の傷をそして疵を癒す神聖な儀式のように、ヨザックはコンラートを抱いた。

「言えよ」
「……何を」
「弱音ぐらい吐いてみろよ……俺に」

一瞬星が揺らめいたが、弱音を吐く気はないのか、唇を固く閉ざして噛み締める。壁が出来上がったのを理解できないヨザックではないが、許すつもりはなく、唇から顎のラインを辿って、首筋を撫ぜる。

「スザナ・ジュリアには言えても……俺には言えないのかよ」
「……何?」

予想もつかない人の名を出されたコンラートは眉を顰めて、ヨザックの真意に困惑していた。そしてヨザックは、持て余した感情に吐気を覚えていた。
白のジュリアことフォンウィンコット卿スザナ・ジュリアとコンラートは、数年前に剣の指南役を務めて以来親交を深めていたのは、周知のことだった。先頃グランツの若大将と破談したジュリアには、コンラートととの縁談話が出てきている。つまりはそのくらいに、二人の仲は進行していたということ。
感情を抜いた情報。
とても目出度いこと。
なのにヨザックの心は晴れず、黒い感情が渦巻く。
それに名を付けるなら嫉妬。
閉じたコンラートの心を開かせて、救ったジュリアへの嫉妬だった。
どうしようもない苛立ちと焦燥感、喪失感が募っていく。



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