界と界

□月桂降りて、哀史を刻む
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「ジュリアにも弱音なんか吐くか……吐けるわけがないだろ」

ヨザックの手を払ったコンラートは、席を立ってヨザックに背を向けた。無防備な背中。無意識に煽られた劣情。抑えられない感情のまま、ヨザックはコンラートを冷たい床に押し倒した。

「……ヨザック!」

困惑と怒気を含ませた非難の声を上げたコンラートは、その後に続ける筈の言葉を失った。ヨザックの冷ややかなアイスブルーの瞳が苦しそうに歪み、それでもそれを隠そうと唇を歪めていたからだ。

「……ヨザック」
「俺はコンラート。お前の副官だ。だけど……それ以前に、幼馴染みの腐れ縁だろ。お前の弱音ぐらい背負える」

真っ直ぐな反らすことを許さぬ瞳に、コンラートも反らすことなく青玉の瞳を受け止める。ヨザックのどうしようもない優しさに、コンラートは溜め息を吐いた。

「……俺はいつもお前に、助けられてばかりだからだ……」
「……え?」
「格好もつかないだろう?」

肩を抑えていたヨザックの手から力が抜けると、コンラートは床から腕を離して、軍服に包まれたヨザックの腕に指を滑らせる。

「何を勘違いしているかは知らないが、ジュリアは同志だ。恋人なんかじゃなくな。
そして、ヨザック。お前は背中を預けられるただ一人の人間だ」

荒れ狂う波が穏やかな凪に変わる。あれほど持て余していた感情が、コンラートの言葉を聞いた途端に、沈静化してしまった。
必要だと言われたかったのだと、ヨザックは納得した。ただコンラートに必要とされていたかったのだった。ヨザックはそんな自分に苦笑する他なく、それを見て取ったコンラートは余裕を示すように唇を吊り上げて、指をヨザックの顎のライン滑らせ、軍服の襟に掛ける。

「……そういうお前も、十分一人で抱え込んでるだろ」
「……かもしれないな」
「存外、自分のことは分かりにくいものだ」
「全くだ」

浄化と静寂を齋す月桂を浴びながら、どちらからともなく吹き出して、喉の奥で笑い出した。空気を緩く震わせた二人は、不意に視線が絡んで呼吸を止める。




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