界と界

□月隠りの酒
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女はようやくヨザックと繋ぎが取れたと悟ったのか、くすんだブロンズの髪を揺らしながらヨザックの近くにやってきた。

「ふふ。時々貴方のことを見掛けていて……話したいと思っていたの」
「そりゃ、有難いね。あんたみたいな美人の目に留まれて」

一般的な目から見れば上玉と呼ばれるくらい磨かれた職の分かる女は、上辺だけの賛辞に気付いたのか、カウンターに手を着いて肩を竦めた。実際の所、この女以上の美人を見過ぎたヨザックにとっては、あまり相手にしたいとは思っていないから素気ない態度も仕方ない。

「冷たいのね」

けれど引く気はないのか、ヨザックの剥き出しになった肩に指を滑らせる。ひんやりとした指を振り払うこともしないヨザックは、グラスに唇を寄せる。

「そうでもないさ。心に決めた相手には優しくする」
「今日という日に会わないのに?」
「理解ある相手だからな」

ここまで言っても引く気はないのか、いや今のがむしろ煽ってしまったのか、女の手がカウンターから椅子の背もたれに掛る。ヨザックは内心で深い溜め息を吐き、静かな夜に別れを告げ掛けた。

「お客様。申し訳ありませんが、そこは予約席です」
「……え?」

黙って流れを見守っていた店主がいきなり間に入って女が座るのを制した。これには女も驚いたのか、引き掛けた椅子から手を離した。

「このお客様の左側は、予約席です」

殊更ゆっくり繰り返した店主は、ヨザックの隣に座ってはならないと有無を言わさず告げた。けれどヨザックの記憶には、予約なんてした覚えがない。なんせ一人で来るのだから、隣を予約する必要もない。自分の席ならともかく。女は不満そうな顔をしてヨザックを見てくるから、ヨザックも店主の話に合わせた。

「まぁ、そういうことだから」

悔しそうな女の顔から目を反らしてしまうと、金が叩きつけられてからんとドアベルが鳴って女が出ていった。
残された質の悪い薔薇香水に眉をしかめた後は、変わらぬ静かな酒場の空気が漂い出した。

「……予約席?」

ちらりと視線で窺うと、店主の口角が悪戯心を秘めたように吊り上がる。




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