界と界

□背中合わせの恋心
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「……あぁ、願掛けみたいなもんだったなぁ」
「願掛け?」

思わぬ返事に多少驚きながら繰り返すと、ヨザックは至極真面目に頷いた。
それは過去を辿る仕草によく似ていた。

「そう、願掛け」
「……何を……願ったんだ?」

興味が湧いて、思わず訊くと、にやりと嫌な笑いが浮かんだ。

「訊きたいですか?」
「……興味はある」

ここで嘘を吐いてもしょうがないだろうと腹を括って、頷いた。

獅子の鬣と言われた髪は切り落としたが、ヨザックの髪はあの時とあまり変わっていない。
願掛けというだけあって、叶ったから伸ばさなくなったのだろう。
そこまでして叶えたかった願いに、少なくない興味が湧いているのは、隠しようがない事実。

ヨザック以外の他人だったら気にもしないだろう。

ヨザックは笑みを浮かべて、自身と同じ色に染まった天を仰ぎ、暫しの逡巡の後、耳に口許を寄せて囁いた。

「っな……!」
「そんなに驚かなくても」

囁かれた詞を理解すると同時に、ヨザックが理解できずに反応をし損ねた。
ヨザックはわざとらしく肩を疎めたが、顔が笑っているのでぶち壊しだ。

「……お前、馬鹿だろ」
「すんませんねぇ。馬鹿で」
「馬鹿だ。お前は底無しの馬鹿だ。どうしようもない、救いようがない馬鹿だ」
「……そんなに繰り返さなくていいだろ」

それでもまだ、ぶつぶつ文句とも不満とも取れる言葉を口にしながら、膝を抱えて、顔を埋めた。

隠しきれない耳たぶが赤いのは、夕陽のせいではないだろう。
けれど、これを言ったら、明日は口を聞いてはくれないのは間違いない。
だから胸の内で留めておいた。

「……コンラッド。呑みに行かないか?」

とりあえず話題を変えてみた。

「行く」

即答した時には、残念ながら顔に赤みはなかった。

緋色の夕陽が草野の果てに沈むのを、沈黙の中で見つめていた。

それぞれの想いを胸に抱きながら。


『あんたの背中を守って、生きていきたい』


あの時、胸にしまっておいた想いをようやく口にした。




fin.
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