界と界
□春燈に酔いて、染め行く
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満たされた杯から跳ねた果実酒は緩やかな杯の曲線をなぞり、グウェンダルの手を濡らしていった。ヨザックの手から逃れようとしてもそれは容易くなく、零れた酒がただ伝い行く。まろやかな雫が形を変え掛けたその時、ぬるりと生暖かいモノが滴るそれを舐めとった。猫がミルクを舐めるように、ヨザックは濡れたグウェンダルの手を舐める。神経の集まる指先を舐められれば、誰もが嫌でも体が反応をしてしまう。
「……よせ。グリエ」
次に期待しそうなむず痒さに耐えきれなくなったグウェンダルの声に、笑みを浮かべたヨザックはあっさりと手を離した。
「こういうことが出来るのは、俺だけでしょう。閣下?」
「お前にも許したくなどない」
「つれないですねぇ。まぁ、閣下らしいですけど」
言葉の割に楽しそうな笑みをヨザックは浮かべている。悔し紛れの悪態などものともしていないのは明らかで、完全にグウェンダルのペースばかりが崩されていた。
「それでも、そういうところが好きですよ」
機微に聡いヨザックには、どんな反発も意味を成さない。そう既に負けているのだ。
離れた熱の悔しさは、負けを認めざるをえない自身への悔しさで、グウェンダルの逃げ道を完全に塞ぐものだった。
「……お前も、座れ」
離れていかせない口実に勧めた杯。
笑うヨザックには到底適いそうもないグウェンダルは、熱くなる頬を酒のせいだと自答する。
重なる杯の音が鈴音となって滑らかな風に乗り、二人の間をゆっくりと滑り去った。