界と界
□廻る季節に併せた掌
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「春が嫌いなんですよ。ただね」
「……珍しいやつだな」
「ほっとけ」
会話を打ち止めにしたいからこそ素っ気なくなる口調。察しているが、コンラートの興味はそれない。
「何故、嫌いなんだ?」
「さぁねぇ」
「ヨザ」
はぐらかすなと語る声。黙って聞き流せと語る声。ゆっくりと交錯した言葉は沈黙を縫うように相手の元に届く。
暫時の静寂。
「俺は、春が好きだけどな」
「へぇ」
「……お前と出逢えたから」
さわりと風が二人をなぜる。ライラックの香りを孕ませた風は、闇に溶けるように消えて、その残り香だけが強く薫った。
「何度も離れた。だけど、また出逢えたこの季節を俺は好きだな」
絡まなかった視線が交わる。
普段見せる涼やかな笑みとも悪戯を企む笑みとも違うその笑みは、ヨザックでさえそう見る機会のあるものではなかった。
愛しさとも慈しみとも言えない柔らかな感情を過分に含んだ笑み。
少なくともヨザックに向けたことのないものだ。
「お前は違うのか?」
答えなど決まっていて、春が嫌いな理由などとても口には出来なくなった。ヨザックはしゃくりと髪を掻いて立ち上がった。
「……戻りましょうか。コンラート」
「そうだな」
差し出した手に重なる温もりは出逢った頃と変わらない。
出逢い、別れた春。
春の香りが二人を撫ぜて、消えていった。