頂戴品

□淫
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諜報員であるグリエ・ヨザックの本住まいの場所を知っているのは、彼の上司とその異父弟だけだ。

常日頃から世界をひっそりと飛び回るヨザックの部屋は簡素で、部屋には満足な食べ物もない。
いつ帰るかわからない今の職業では、どんなに保存の利く物でも傷めてしまうからと言って無駄に蓄えはしない。

ただ、部屋は簡素ではあるが、質素ではない。幼馴染みの部屋で高価な物には見慣れている所為か、本人の目が利くのか、部屋に置かれた調度品は見た目こそそこらの市で売っていそうな単純な装飾だが、見るものが見れば感嘆の溜息をつく逸品だ。
それらが、簡素な部屋の調和を乱すことなく置かれている。
「こういうところに頓着する性格だとは思わなかったな。いつ来ても思うが」
「あっははー。グリエの知られざる魅力をとくとご堪能あれ」
「意味がわからない」
多忙を極める諜報員が数日間の休暇を得て、久しぶりに仮居ではなく自分の部屋に帰るという報せを受けたコンラートが、労いの訪問をしたのは日も暮れようとする頃だった。
部屋にはパンもハムもチーズもないから、城下の市で一通り揃えてきた。
飲み物だけは不要だ。
「でもごてごてしたのはあんま好きじゃないね。こう、見るからに豪華!ていうのは何だかね。実はすごいのよ、ていう控えめさが好きだねぇ、オレ」
「その美意識がどうして変装の趣味にまで至らないんだ」
「至ってるでしょー?実はすごいのよってところが」
「ごてごてしたのが好きじゃないってところに至るといいな」
コンラートは微苦笑を返す。手に持っていたパンやチーズを無造作にテーブルの上に置いて、適当にカットするように手振りをする。ヨザックがナイフを取りに行くのを視界の端で見送り、上着を脱いで部屋の一角にある大きな棚の前に立った。
「白でいいな」
その大きな棚の中で並んでいるのは、秘蔵品と言える程の高価なものから日頃気軽に飲む安価なものまで、とりどりに揃えた葡萄酒だった。

これだけは常備してある。簡素な部屋で唯一、生活感が垣間見えるところだ。
「よろしくー」
二人分の皿とナイフとを持ってきたヨザックが、テーブルに置いて酒棚に近づく。銘柄の目踏みをしているコンラートは気付かない。

気配、というものについては人一倍敏感な護衛だが、それを消すことにかけてはヨザックに一日の長があり、気づいたときには不覚にも後ろを取られていた。





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