界と界

□月桂降りて、哀史を刻む
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国に劣勢の色が、濃くなり始めてから少しずつ広がり出した噂があった。
真偽も定かではないその噂は、誰かが悪意でもって広げたわけではなく、心の弱さが疑念を広げ、深くなり、極めて真実に近い噂として勝手に一人歩きしだしたものだった。

――混血たちが人間側と通じている――

根も葉もない噂だったが、それをわざわざ上層部に進言した馬鹿野郎が居たものだから、事態は最悪の方向に転がった。
穏健派や数少ない混血擁護派の貴族たちがいないという最高の期を、見逃さなかった時の摂政は、とうとうそれを命じたのだ。

――国のために死んで来い――

深い悪意を込めて、激戦区アルノルドへの出兵を命じたのだった。



グリエ・ヨザックは不気味なくらい静寂に、包まれた回廊を足音も荒く進んでいた。向かう先はただ一つ。上司であり、幼馴染みで、師団の隊長であるコンラートの元。
出兵命令が出たのは数刻前、ヨザックの元にはアルノルド行きを志願する少年兵やらがやってきて、その応対でコンラートの元を訪れるのがこんな時間になった。剣もろくに持ったこともないような年若い者たちを死線に送るのは、ヨザックにとっても快いものでは当然なく、やりきれなさと憤りが込み上げている。
目的の扉を前に、一度深く息を吐いて、ノックもなしにドアノブを捻った。

「……ノックぐらいしたらどうだ」

窓辺に腰掛けて、桟に頬杖を着いたコンラートは、暗幕が下りて鏡のようになった窓越しに、ヨザックを窘めた。しかしそれが形だけのものだとわかっているヨザックは、悪びれた様子もなく、肩をすくめて部屋の鍵を下ろす。

「ノックなんて必要ないだろ」
「……まぁ、確かにな。あれだけ足音を立てていたんだから」

上部だけの空々しい会話はヨザックの苛立ちを煽ったが、それを鎮めるために室内を見回して、上がった熱が冷却された。

「……おい」
「……あぁ」

ヨザックの異変に気付いたコンラートは、ヨザックと同じように室内を見回してから、事もなげに言った。

「捨てた」



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