界と界

□月隠りの酒
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橙というにはそれほど明るくはない色合いの照明が灯る店内では、客たちが各々酒を楽しみながら、低く押し殺した声で空気に溶けるように囁き合っていた。酒を楽しむための店である故に、毒々しい花はいない分、他の店に比べたら寂しい感がある。それでもそこそこ繁盛しているのは、酒が旨いことと店の空気がなせる技か。
照明の橙よりも明るい髪の男は一人、カウンターの端で琥珀色のとろりと甘口な酒を傾けていた。目の前で焔を揺らす臘を眺めること小一時間。無口な店主はグラスが空いた時以外は特に話し掛けることもなくグラスを磨き、時折店内を見回し、酒の進み具合を確認しては注文を伺いに行っていた。
無口であるが、愛想がないわけではない店主は、店の空気に溶け込んで、それぞれの時間を邪魔しないようにしている。ヨザックはそんな所が気に入っているため、任務帰りにふらりと立ち寄っては酒を楽しむことがよくあった。今のように。
王都に馬を駆けらせれば日付が変わる頃には着けるだろうが、報告は全て終えてしまっていたため、急ぐ必要はなかった。それに今夜はそんな慌ただしい時間を過ごしたくないというのが本音。
今日という日は残す所一刻も満たず、明日という日が生まれた瞬間には、新しい年が幕開ける。そんな日くらいはゆっくりしてもいいだろうと、ヨザックはここで一人新しい年を祝おうと思っていた。今頃血盟城は無礼講のてんやわんやの大騒ぎで、幼馴染みや上司か大変だろうと想像するとなんだか笑えてくる。巡らせる必要もないくらいありありとその情景が目の前に浮かんでしまったのだから。
唇に小さく笑みを掃いていると、目の前に蜂蜜色のグラスが置かれた。

「……?」

グラスを置いた店主を見れば、彼の視線がヨザックの反対側に座る女に向かった。ヨザックと目が合えば、女は紅の唇を上げて、ひらりと手を振った。

「彼女からの一杯です」
「…あ…あぁ…そう……」




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