界と界

□散華
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「いい風だな」

ぽつりと落ちた言葉は会話の糸口にも見えたが、それを口にした本人が返事を求めているようには見えなかった。単なる独り言のようにも聞こえた言葉に、暫しの逡巡を付けて、

「そうですね……隊長」

ざわりと背の高い草たちが泣く。青々と茂る草たちは全ての母体とも言える海のようにも見えた。風が吹く度に、その身を揺らす姿は壮大だ。

「隊長はよせ。もう…お前の上官じゃないんだからな」

苦く笑う唇だったが、その瞳は楽しげに細められていた。
たった数年会わぬ内に変わった幼なじみにヨザックは多少の違和感を持ちながらも肩を竦める。

「あーら、しょうがないじゃない。癖みたいなものだもの」
「癖か。女言葉と共にどうにかしろ」
「すぐには無理よん」
「直す気があれば、直るだろう」

他愛ない言葉の応酬は久方振りのもので、多少のぎこちなさを孕むもののそこに潜む親しみの情は相変わらず。ヨザックはそれに安堵する自身に多少驚きながら、半歩前を行くコンラートとの距離を縮められずにいる。
見知った筈のコンラートが全くの別人のようで仕方ないのだ。それは髪を切ったからとかいう外見的な要因ではなく、もっと他の根本的な何かが変わったからだ。纏う空気そのものが変質した。良い意味で。丸くなったというのが正しいのか。
ヨザックの内心など露知らず、コンラートは離れていたことを感じさせないような変わらない口調で言葉を乗せる。まるで戸惑うのはヨザックだけだといいたげだ。いや、実際にはそうなのだ。手綱を握らぬ手で頭を掻くと、先を行くコンラートの愛馬が足を止めた。

「……随分と…変わったな」
「……そりゃあね……」

続ける言葉が出なかったせいか、ひどく間抜けな間が空いたが、コンラートがそれを気に掛ける間もなく風が奇妙な間を運び去った。代わりに入り込んできた空気の重たさに、表現し難い表情を浮かべる。コンラートもひどく苦しげな、辛そうな表情をしながら崖の下に広がる光景を見下ろしていた。
瞼を閉じれば、今でもまざまざと思い出すことができる。
死地、アルノルドの戦い。
まさに今、二人がいるのはそこだった。



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