special
□幸せな日々
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〈幸せな朝〉
霧のような小雨が6月の朝を濡らしていく。
窓越しに薄い雨曇を見上げ、ナルトは小さなため息をついた。
何時ものように早起きしたけれど、洗濯と植物の水遣りという毎朝の仕事が無くなったおかげで思わぬ空白の時間が出来てしまう。
(にしても…、今日に限って雨か…)
牛乳をコップに注ぎながら寝室のほうをチラ、と見た。
朝の牛乳はすっかり彼の癖のようなものだ。
もう牛乳は必要ないほど身長は十分に伸びたし、何より成長期と呼ばれる時期はとうに過ぎた大人である。
寝室の気配が微かに動き、ドアが開いた。
「おはよう、先生」
「おはよう。…雨か、」
「ン、」
コーヒーをトン、と置くと寝起きの、あちこちに跳ねた銀髪を撫でつけながらカカシがテーブルにつく。
薄いトーストに卵、季節の果物をほんの少し。
それがここ最近のカカシの朝食だ。
元々の生活習慣に加えて、段々と朝は沢山は食べなくなってきている。
数分で朝食を終え、コーヒーを飲み干してカカシは席を立った。
食器をシンクに運び、向かいで新聞に目を通しているナルトの肩に軽く触れてから出かける準備をする。
(先生はともかく…、問題はオレの仕事が片付くかどうかだな、)
色違いのマグでコーヒーを啜りながらあれこれ考えていると、装備を着けたカカシが戻って来た。
「今日は遅い?ナルト」
「んー、頑張るってば…、7時には終われるように、」
「ま、不備のないようにね。慌てなくてもイイよ」
手甲をはめ、額当てを締めながら右眼でナルトを諌める。
口元は微笑っているから、半分は茶化しているのはわかっているけど。
「でもなー。…今夜はさ、早く帰る!」
玄関でサンダルを履いている背中に向けて決意表明して、ナルトは自分にも気合いを入れた。
立ち上がり、振り向いたカカシの口布に指をかけて引っ張り上げる。
これは、彼がカカシに頼んで習慣にした朝の唯一の儀式である。
「いってらっしゃい、」
「いってきます」
ナルトの額に軽いキスをして、カカシはドアを閉めた。
ナルトとカカシが一緒に暮らし始めて、もう10年の年月が過ぎた。
お互いがお互いを必要でそばにいたいというシンプルな気持ちを恋愛だと気づくのに時間はかかったけれど、認めてしまえばすんなりと二人は普通の恋人同士になった。
周囲の目や、カカシの立場を気にして同居を躊躇うナルトに、カカシはこう言ったのだーー、
『幸せでも、そうでなくても、お前にそばにいて欲しい』
あれから10年。
短いようで長いこの年月には、本当にいろいろなことがあった。
だけど、とナルトは思う。
あの言葉どおり、カカシはどんな時もナルトを手放さなかった。
もう、残り少ないであろう彼の戦忍としての時間が終わっても、かたちを変えて共にいられるという自信と歓びがナルトにはあった。
自分も手早く身支度をしながら、ナルトはもう一度空を見上げた。
まだ雨は止まない。
(…先生の髪みたいだってば…)
絹糸のような雨を眺めてうっかり手が止まってしまい、慌てて窓を閉めた。
今日が、10年目の記念日、その日。
急いで仕事を終わらせて、カカシと夕食を一緒にしたい。
ナルトは白の羽織を掴むと、銀色に煙る通りに飛び出した。