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□守護霊様より。
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『人は生まれながらにして片割れを持つ。人が生まれれば同時に守護霊を持つ。元服の時、守護霊は己の前に姿を現し、己に選択を迫るだろう』
ナカツクニの三上の国。
都とまではいかないが、ナカツクニの三カ国の一つとして栄えるその国は、何故か争いごとがないと云う事で周りの国々から一目置かれていた。
その国で、また元服を迎えようとしている少年が一人。
名は『霧沢和希』。
やすらぎと希望を与え、のどかに保つ者。
その貧弱な見た目とは裏腹に、上流階級の貴族の息子である彼の元服は、それはそれは盛大に行われようとしていた。
「もう、成人なんだな…」
墨でさらさらと書きものをしていても、一週間後に迫った元服式を前にして緊張は解ける事を知らず、日に日に和希の肩は下がって行く。
「元服を前にこんなに気が落ちるのも珍しいのかな…ひょっとしたら僕だけかも」
だって幽霊なんて怖いよ…。
ふぅ、とため息をついた。
ここ最近のもっぱらの悩みである。
このナカツクニには奇妙な伝説がある。
人は生まれながらにして守護霊がついていて、人と共に成長し、人が元服するとその姿を見る事が出来るようになるのだという。
それまでは年齢も、名前も、性別すら知り得る術はない。
と、いっても元服した人には全ての守護霊が見えるので、どんな霊なのかは聞けば一発なのだが、和希はそれをしようとはしなかったし、教えてあげようか?と言われても断固拒否した。
(生まれながらにしてずっと一緒なんだから、あんなところやこんなところを見られてるんだと思うと…!とても聞けない!)
隣の屋敷に住む、二つ年上の杏梨は、元服と同時に和希の霊を見て、「微笑ましいわねぇ」と朗らかに笑ったので、変な人では無いのだろうが…。
(微笑ましいっていうんだから、父上くらい年上なのかな…それとも小さな子供が戯れていたとか…)
悶々と考えても答えは見つからないどころか迷宮入りしていく。
「守護霊、か…」
パタリと畳に寝転んで天井のシミをぼぅっと見つめる。
この世ならざるものを見たくないという気持ちと、今までずっと一緒にしたという霊に会ってみたい気持ち。
その両方がせめぎ合って和希の頭をいっぱいにしていく。
今まで、その存在を確かめることもなく、その存在を知ったこともない見えない守護者。
幼い頃はその見えない相手に話しかけたこともあったが、返事なんて当然聞けるわけもなく、いつしかその存在を忘れ去っていた。
「…あ」
ふと思って、和希はガバリと起き上がり、筆と紙をとった。
和希にとって唯一好きな事が書道だ。
墨で絵を描く事もあれば、思った事を書き連ねることもある。
今回もその要領で硯に墨をつけた。
『守護霊さん、あなたはどんな人ですか?』
「…なーんて」
あはは、と和希が笑って筆を下ろすと、その筆はふわりと浮き上がり再び硯で墨をつけ、紙の上で走った。
「え、ええ?」
思わず素っ頓狂な声を上げ、慌てて机によると筆はもう元通りに置かれ、字だけが新しく残されていた。
『もうすぐ見えるようになります』
『早く貴方の声が聞きたい』
『待っていてください、愛しい君』
「何、これ…」
12歳になる前の、夏の真っ盛りの事。
霧沢和希は、人生始めての恋文を受け取った。
【守護霊様より、お手紙。】
(『早く貴方の声が聞きたい』)
(『元服まであと一週間だね』)
(『ああ、日が過ぎるのが遅く感じるなぁ』)
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