劣等感

□二日酔い
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 友人のM宅で目が覚めたのは、この日の、正午を少し過ぎたばかりの時分でした。自分の身体は、異様な脱力感に見舞われて居りました。
 頭や腕を持ち上げられない事はないのですが、しかし、身体の全てから力が抜け落ちて仕舞ったという様な感覚があったのです。
 自分はMを起こし、飲み物をくれる様に言い付けました。牛乳しか無かったらしく、彼はグラスになみなみと注がれた牛乳を持って来ます。自分はそれを、一気に飲み干しました。
「足りたかね。」
「足りません。」
 彼はもう一度、グラスに牛乳をなみなみと注いで持って来ます。自分はそれを、また一度に飲み干しました。
「足りたかね。」
「足りません。」
 彼は又、グラスに牛乳をなみなみと注いで持って来ました。自分はそれを、またもや一気に飲み干します。
「…足りたかね。」
「足りません。」
 自分はこれを繰り返し、M宅にある牛乳三リットルを全て飲み干して仕舞いました。
「足りただろうな!」
 彼は少し憤然とした口調で言いました。
「足りません。」
「君は、気違いかね。」
「近い。しかし、正解ではない。牛乳中毒だろう。」
「あはは、ご冗談を。」
「いいや、本当だ。これ程死にたがっている僕が、今は牛乳を飲みたいが為に生きていたいとさえ思っているのだよ。」
「良き兆候、良き兆候。」
「はあ。身体が、しかし、怠過ぎる。」
「二日酔いだろう。昨夜は、阿呆の様に酒を飲んでいたからなあ。」
「あの二丁目の中華料理屋へ行こう。もう酒はうんざりだ。しかし、あそこの牛乳を飲みたい。」
「まだ飲むのかね!しかも中華料理屋で牛乳とは、君、どうかしている。」
「行こう。」
「しかし、身体が動かないのだろう。」
「だから、君が背負って行けば良いじゃないか。」
「君の頭には蛆虫が湧いている!」
 それから二時間ばかりをこの様な会話で費やし、漸く歩く事が出来るくらいに回復した自分は、Mと中華料理屋に向かいました。
 往来を歩いていた時、ふと唾を吐きたくなり、どぶにぺっと吐き飛ばすと、自分は俄かに吐き気を催しました。自分は何か飲み物を飲んで気分を落ち着かせようと考えました。
「これはいけない。君、あそこのコンビニエンスストアで牛乳を買おう。」
「やはり牛乳かね。今頃、君の胃の中は真っ白になっているのではないかね。」
「余計な事は言うな。想像して仕舞うだろう。吐き気に拍車を掛ける!」
 自分は怒声を上げ、コンビニエンスストアで牛乳を購入し、何日か振りに漸く飲む事が出来た水の様にそれを飲みました。
「ふう。さて、中華料理屋で炒飯を喰らおう。後、牛乳を。」
 しかし、吐き気は次第に自分を狂わせるのでした。


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