劣等感

□二日酔い
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「君、吐いても音の聞こえない様な便所は何処にある!」
「嗚呼、其処の病院の裏に…、」
 彼が言い切る前に、自分は彼にその場所を案内させました。然し、その病院の裏にあるお便所は何者かが使用中で、空く気配が一向にありません。
「もう駄目だ!他に、便所は何処にある!」
「ええっと、あそこの…、」
 またも自分は、彼が言い切る前に場所を案内させました。しかし、実に奇妙でした。その二番目に案内せられたお便所も、誰かが使用していたのでした。
 やがてお便所を探すのに困憊し、自分は妥協に妥協を重ねて或るパチンコ屋に入りました。騒音が、胃に響きます(自分は騒々しい場所は嫌いです)。
 さて、直ぐ様お便所に行き、自分は便器を抱えましたが、吐き気はしても何も出て来ないのです。暫く便器と睨めっこをして居りましたが、しかし、牛乳しか飲んでいない自分が何を吐く事が出来たでしょう。無能な自分は所詮、吐く事さえ出来ない、等とこの様な思考が頭を過ぎり、苦笑致しました。ふらふらと洗面台に向かい、鏡を覗き込むと、其処に映った自分の顔はとても弱り切っていて、まるで死人の様でした。
 中華料理屋にも行く事は出来ない、諦めて帰宅しよう。そう思い帰途に就きましたが、Mが、「何か胃に入れた方が良い。」と言いますから、それならそうしよう、と言う事で踵を返すと、自分は俄かに空腹感を覚えました。自分達は例の中華料理屋に入ります。
 しかし、もう牛乳を飲みたいと言う気持ちは消え失せ、注文した炒飯が並べられても、箸が動きません。無理矢理お米の一粒二粒を口に運んでも、食べられません。食欲はありました。しかし、食べられないのです。
 自分は注文した炒飯を店員に包んで貰い、それを持ってM宅へ戻りました。そうして、直ぐに彼の寝台に横になり、小一時間ばかり眠りました。

 自分が目を覚ますと、身体の脱力感や吐き気は無くなり、自分は牛乳ばかりではなくやはりまたお酒を欲していました。
「君、体調はどうだね。」
 自分を案じてくれたMに言ったのは次の通りでした。
「馬鹿を言ってはいけません。あれは一種の演技なのですよ、アニキス君。鬼の霍乱じみた事が僕にある訳ないでしょう。ささ、先程の炒飯を程好く温めて持って来なさい。後、何か飲み物も。牛乳と、それからビール。と言うよりもこの家にある食べ物や飲み物は全て持って来なさい。」
 それに対してMは、こう返答したのでした。
「君は幸せ者だな。一度死んでみると良い。ところで…、」
 窓の向こうは、冷たい夜に覆われていました。
「アニキス君って誰?」


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