劣等感

□ごみの日
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 二階建ての、築何十年もするぼろぼろの借家。そこに僕は住んでいる。
 ごみの日は月曜日、水曜日、金曜日、缶や瓶は木曜日だ。
 僕は部屋にごみが出るたびに、それを夜中、こっそりと、その借家専用のごみ捨て場へと持っていく。僕には決められた曜日など関係ない。人目をはばかって、こまめに捨てる。
 何故ならやはり衛生的な問題が一番である。ただでさえ古い借家であるからして、部屋に虫が湧きそうだし、匂いも気になったりする。だから、仕方のない事柄だ。
 しかしそれを、その借家の管理人が毎回のように処理しているのを僕は知っている。疲れ切った、少しだけ肥えた中年のその人は、真冬でも真夏でも、季節に関係なく仕分けしている。
 僕は管理人の苦労を解している。が、やめられない。自身の為に、人を犠牲にしても、やめられないのだ。
 そんなある日の朝、僕はごみの日にごみを出した。それは、前日のごみの日ではない日に捨て忘れてしまったのを出しただけだった。少しのお酒に酔って、その日のうちに出す事が出来なかったから。
 僕は、管理人に出くわした。慇懃に挨拶をする。
「お早う御座います。」
 管理人は朝日のような微笑をして、
「お早う!」
 その後でこう言った。
「ごみかい?」
 僕は頷いた。
「ええ。」
 管理人は僕の手からそのごみを引ったくるようにして取って、
「捨てておいてあげる。」
 僕は少し驚いた。
「わざわざ、すみません。」
 すると管理人は、
「なに。これくらい。君みたいに、ちゃんとごみの日を守ってくれる人に対しては、敬意を払ってこういう妙な礼をするさ。だがね、此処の住人には、守らない輩が居る。缶や瓶を混同して出したり、ごみの日じゃないのに出したりするんだ。全く、親からどういう教育を受けたんだか。しかし君はそういう者どもとは違うようだね。こうして、きちんとごみの日に、分別をして出すのだから。いや、感心、感心。」
 僕は何も言わなかった。そうして片方の唇をくいと上げ、踵を返して部屋へ戻る。
 僕は小さい罪悪感を抱いていた。蟻よりも小さい罪悪感を。して、僕はそのちっぽけな悪い事を、やめようと考える。
 しかし僕はその翌日も、こっそりとごみを捨てた。明日も明後日もその次の日も、きっと捨てることだろう。
 ずっと、僕にとってのごみの日は続く。



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