劣等感

□失恋
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 君が居なくなってから、僕は廃人の様になりました。何をしても脱け殻の貝の如し、事務的なる生活を送っています。
 君との別離の原因が何だったのか。それは実の所、よく解っていません。けれども、小さく汚れ切った、この両手の所為なのでしょう。
 この両手は沢山の人を罵り、蔑み、殺して来ました。もう暫くすれば、恐らく君をも破壊していた事でしょう。しかし君はそうした僕の陰惨なる部分を、何とは無しに察知して、別れを告げたのではないでしょうか。今にして思えば、大切に思っていた君を壊さずに済んで、良かったと考えます。君の居ない日々が、飼っていた鳥の居ない籠を見る様に寂しく感ぜられますが、しかし、君の為に良かった事なのだと、喘ぎ喘ぎ言う事が出来ます。
 それで、ただ一つ悔恨されるのは、君に対して、一体何が出来たか、という事です。思い出すに、君が薬を飲んでから僕に会いに来て、半ば昏睡状態になっていた時、それを見た僕は少し怒り、少し悲しくなって、君を家まで送りました。それは優しさではなく、君の信用を得ようとして取った行動です。従いて、これは君を想うが故でなく、全て自分自身の為に行ったものでした。そうして、その後は? その後は何もしていません。君のお世話になるばかりで、最終的に、僕の猜疑の念が、じわりじわりと君を攻撃し、其処に垣間見られた僕の黒色の部分に、君は気付き、破局です。
 あっと言う間でした。空から地に雨が落ちるくらいの速度で、僕達は二度と会う事の出来ない所にまで達しました。
 正に、脱け殻です。こうして小説なるものを書き記しても、君の笑顔、怒った顔、悲しんだ顔、寝顔、声、細い腕、小さき手等が目前に浮かび、感情を明確に表現する事が出来ません。
 生きる意味も見えない程に、真っ暗闇の地に来てしまいました。泣き崩れてしまいそうでもあります。が、僕は、僕は、強い子ですから平気です。
 君は今、何をしているのでしょうか。世間に嫌気が差して、腕を切ってはいませんか。自暴自棄になって、沢山の薬を飲んではいませんか。とても心配です。僕が神であるのなら、君を救ってあげたのに、全く、僕は無力の人間です。
 さて、僕はこれから、どうして生きて行けば良いでしょう。まあ、君と出会う前の様に、多量のアルコールに溺れ、適当に生きて行くとします。
 そうして、君から貰ったライターのガスが無くなれば、僕の君への想いも、消えるのだろうと思います。
 君を繋ぎ止めておく術はありませんでした。君の後ろ髪を引く事も、出来ません。その勇気も、また力も、僕には無いのです。情けない男です。が、君を好きでいた事、それは一切恥じてはいません。
 さようなら。嗚呼、悲しいけれども、さようなら。
 君の、これからの幸福を、心から、願っています。



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