劣等感

□芸術的な自殺法
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 鬱病と強迫性障害とを併発致しますと、自殺率が極めて高いと言う事実をご存知でしょうか。私は今、最も暗色に彩られた白色の下に居るのです。そう、他でも無い、貴方の所為で。
 私には見えて仕舞うのです。私を嘲笑する黄色の三日月、侮蔑する銀色の流れ星、罵倒する化け物の様な樹木、嘲謔する針の様な雨、愚弄する冷え冷えとした風、痛罵する灰色の曇天…、全ては私が孕んで仕舞った奇形児、孤独の塊です。
 私には或る旋律が聴こえているのです。子守唄の様で、然し、古代を思わせる様な野性的で淫靡な、真に奇妙な旋律、阿鼻地獄をさえ感じられます。
 この薬の数をご覧下さい。抗鬱薬、抗不安薬、胃痛薬と、簡単に分類して仕舞えばこの通りに楽ですけれども、然し、実際は何千錠もあるのです。これを飲み干せば、或いは完全なる死を迎え入れる事が出来るでしょう。
 きっと貴方は私の死と言う事実を聞かれても驚愕しないでしょうし、私の様に不要な生物の存在等、どうでも良いのでしょう。「死ぬなら死になさい。」と、何時だったかしら、貴方が私に仰った言の葉です。そう言う事なのでしょう?まさか、身に覚えが無いと言う事はありますまい。そうです、私は死ぬ事にしたのです。
 唯、死ぬに付けても、最愛なる貴方に何の衝撃も与えずに死んで仕舞うのでは面白みがありません。私は死と言う物を芸術だと考えているのです。貴方は恐らく、この手記を此処まで読まれ、「恋愛の破局で死ぬのは、もうそれ自体に面白みが無いであろう。」等と思考するかも知れませんが、私は死に至る理由等を問題視しているのではありません。如何にして死ぬか、それが要点なので御座います。
 私は先夜、漸く偉大なる自殺の方法を思い付きました。これには、貴方でさえ身の毛が弥立つ事と思われます。真に、途轍も無く恐ろしい、然し、美しい自殺の方法で御座います。
 さて、如何にして死ぬか、然し、それはまだ此処に書き記せないのです。
 何故と仰ってご覧下さい。これを一編の小説だと見做した場合、この辺りで結句なる物を書き記して仕舞えば、余りにも駄文、芸術性の何も無い只の手紙としか言い様がありません。と申し上げましても、私には教養も文才も何もありませんので、この、手記の様な遺書、或いは遺書の様な手記、何でも構いません、この文章に何の魅力も感じませんでしょうが、然し、今に明かして仕舞うのは、折角、煩悶、懊悩さえして思い付いた自殺法が、まるで無駄になって仕舞うのです。
 潔癖症で律儀な貴方は毎朝、六時五十分に自宅を出ます。それは、私達が愛し合っていた頃と全く変わっていません。私の発想は其処から生まれました。ふふふ。嗚呼、愉快とはこの事を言うのでしょう。私は正に今、愉快な気持ちで御座います。
 朗報です。今、悪魔が見えました。ええ、あの、悪魔です。実存しないとばかり思って居りましたけれども、きちんと存在して居るのですね。何かの絵にあるでしょう、耳が尖り、三白眼、黒い身体に、槍をくにゃくにゃに曲げた様な尻尾。正に然り。本当に意地悪そうな顔です。でも、何だか素敵。
 只今の時分は六時十分。嗚呼、待ち遠しいわ。楽しい時間は直ぐにでも過ぎて仕舞うのに、つまらない時間は進むのが遅く感じられます。成る程、相対性とはこの事を言うのでしょう。
 相対性で思い付くのはあのアインシュタイン。私の思考は安直ですから、全くつまらない思いをさせて仕舞って恐縮ですが、まあお読み下さい。アインシュタインの説いた理論に一通り目を通してみましたけれども、中々興味深い。彼は天才だと思われます。私も自分を天才だと思っているわ。だって、この様に素敵な自殺法を考えたのですから。けれども、昔から言うわね、天才と馬鹿は紙一重って。この「馬鹿」はそのままの意味での馬鹿?私は違うと思うわ。気違いなのよ。発狂した人間なのよ。天才は天才が故に天災を招く。あら、私は詩人になれるかしら。
 そろそろ頭の中がごちゃごちゃとして来たし、悪魔も私の身体に纏わり付いて煩わしいわ。時分は六時三十分。後、二十分。嗚呼、本当に楽しみだわ。
 ところで元婚約者の貴方に素朴な質問です。悪魔にも性欲はあるの?
 さて、後十分で六時五十分。今日は浮気相手…、いいえ、もう貴方と私とは破局しているのだから…、新しい恋人ね。今日は、新しい彼女さんと一緒に自宅を出るのよね。幸せそうで良かったわ。貴方の事は別れてからも、何でも知っているの。毎日毎日、遠く、然し、近い所で監視していたから。
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