劣等感

□百鬼夜行
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 刻々と溶けて行く時分に、各々方、御覧なさい、沈むのは紅ゐ月で御座りましやう。
 あれ程きらきらと輝ひて居た御星様でさへ、今では死に絶へ、嗚呼、悲しひ哉、無機質な夕空で御座ります。
 何時からでしやうか、何故なのでしやうか、其れは私には皆目見当が付きませぬが、浮き世は枯れ果て、木々も枯れ果て、動物は元より人々さへも発狂為て仕舞つたので御座ります。
 そして先刻までは麗々と又きらびやかに存在為て下さった御月様も、嗚呼、恐ろしや、紅く燃へたかと思ふが早ゐか、山々の向かうへ急降下為て仕舞ひましたのです。
 嗚呼、ほら、御覧なさい、我先にと逃げる為に赤子を見捨てる奥様方に、此処ぞとばかりに強淫を楽しむ輩、其れ等のみならず、人が人を喰らひます。此処には財も権も無意味な物と化し、其れは良き事だと致しましても、愛情さへもが見当たりませぬ。此れが人間でしやうか。此れが人間の本質でしやうか。まるで此れは鬼で御座ります。嗚呼、然し、成る程、鬼の伝説は斯ふして受け継がれて来たのかも知れませぬ。人間の本質は鬼なりや?
 其れは扨置ひて、各々方、此方です、此方へ早く御越しなさい。御早く為さらぬと其処等を蠢く羅刹の群れに、忽ち捕まって仕舞ひますぞ。
 然うです、此の一本道でしたら安心で御座りましやう。私がいざと言ふ時の為に覚へて居た穴場の道で御座ります。走って下さひませ。もたもた為て居られると鬼に喰はれますぞ。
 嗚呼、鴉が死体を啄んで居る。不吉な光景で御座ります。嗚呼、黒猫までもが群がつて居る。此れは現実なりとかや?毛が逆立ちますなあ。さつ、各々方、御早くなさひませ、まう直ぐ其処に穴蔵が御座ります。其処に息を潜めて此の事態から暫く逃れましやう。
 いやあ、然し、本当に良かった。まう、此れ程までに生き生きと為た人間は居なゐかと思はれましたが、各々方数十名、御気の毒様で御座ります。行きはよひよひ帰りは怖ゐ、御覧なさい、後ろは阿鼻地獄、前も阿鼻地獄、うふふ、御前さん方、さぞや美味からう。
 おやおや、泣き叫んでも無駄と言ふ物ぢや、観念せえ。弱肉強食と言ふ言葉も在るぢやらう。
 うふふ。如何なる人間も無能ぢやなう、如何なる人間も哀れぢやなう。嗚呼、美味ぢや、嗚呼、楽しひ哉。うふふふふ。………

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