劣等感

□最愛の人
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 貴方の置き忘れた煙草に火を着けて、私は瞳を閉じる。暗く狭いこの部屋は、一瞬にして貴方の匂いに満たされて、哀しいかな、涙が一筋流れ出す。
 私の誕生日に、貴方から貰った造花の紅い薔薇。この華麗な花は、とても優雅に咲き誇るけれど、私には見える。枯れて行くのが見えてしまう。
 何故。例えば、何故と叫んでみた所で、貴方はもうこの部屋の戸を叩きはしない。のみならず、やがてこの部屋の存在さえ、忘れてしまう。
 部屋には時計の針の音だけが響いて、私の存在はそれに責め立てられる。けれど、死ぬ気力までをも奪われて、憂鬱や暗鬱という言葉にも当て嵌まらない私は、無駄に息をして、無駄に生きているだけだ。
 「愛している。」この言葉は、何て下品なのだろうと思った。いや、とても素晴らしい言葉である事は解っているけれど、それでも、一瞬間だけ効力のあるモルヒネの様なものでしかない。何故なら、何故なら、愛していると言っても、人々はやがてその愛というものに冷め、違う人にその言葉を差し出すのだから。
 解っています。解っているつもり。それが現実だという事は、痛切に解っているつもり。けれど、嗚呼、永遠でないこれに、どうして傷付くのかしら。どうして。どうしてよ。
 暗然とした部屋のそこかしこは、まるで時が止まった様に物静かで、窓から差し込む青い月の光が官能的ね。嗚呼、こんな景色も、貴方が居なければ全くつまらない。この美しい色彩も、今の私の目には陳腐で、陳腐で、嗚呼、ただ、陳腐です。
 貴方が私を見つめたその瞳。今では誰を其処に映しているの。貴方が私を撫でた手は、今では誰を撫でているの。貴方の可愛い唇は、今では誰に接吻されて、貴方の大きな懐は、誰を抱いて、貴方の広い肩は誰に見送られているのだろう。また、涙。この涙は、今、月光を受けて青色でしょうか。
 好きよ。嗚呼、貴方が好きです。今でも、百年先でも、その更に先でも、貴方が好きです。
 さようなら。嗚呼、さようなら。貴方は、私の、最愛の人。

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