劣等感

□名も知らぬ花
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 謹啓。
 こうして貴方にお手紙を書き記すのは、恐らく産まれて初めての事であると思われます。改めて筆を取るのは、何だか面映ゆく感ぜられます。しかし、最後まで目を通して下さると光栄です。
 寒暖の差が未だ激しい今日この頃、貴方は如何お過しでしょうか。自分はこの微妙な気候にさえ馬鹿にせられ、少々、咳き込んでいる始末です。
 自分の部屋は、今、とても荒れ果てています。潔癖な筈の自分が、服を脱ぎ放ち、しかも抜け毛もそこかしこに落ちたりしています。この部屋を眺めるに、これは、貴方と私との関係が象徴せられている様に感ぜられます。もう自分達は、引き返せない領域にまで来てしまったのです。
 しかし、そうだとしても、では、片付ければ良い、その荒れた部屋を、綺麗に整理整頓してみれば良い、貴方はこう考えられる筈です。自分も実際、そう考えてみました。そうする事に因って、或いは二人の関係は修繕し得るのではないかと、こう考えました。
 しかし、この荒れた部屋には、割れたお皿が一枚だけ無惨に転がっています。自分はその割れたお皿を、この部屋同様、敢えてそのままにしているのです。何故なら、それを拾い集めてみた所で、この割れてしまったお皿の様に自分達は、和解というそれを手に出来ないのです。では、お皿を、接着剤でくっつければ良い、元々の形にはならないとしても、ばらばらになってしまったお皿をパズルの様に組み合わせれば良い、そうすれば、或いは、修復という事が可能なのかも知れません。しかし、自分はもしその様な事を言い放つ人を見付けたら、大いに非難する事でしょう。だって、そうでしょう。罅は入ったままで、これの何処が修繕でしょう。罅が入っているのは、それはばらばらよりもまだ見映えがするでしょうが、しかし、罅、これが入っているのでは、嘘ではありませんか。何故なら、この罅は、後年に渡って自分達を脅かす元凶になるからです。いつ何時また割れるのか、そう思考しながらおっかなびっくり生活して行くのです。自分は、この様なものを、許せないのです。
 しかし、終わりの無いものは無いと言います。ともすると、自分の申し上げているこれは、間違っているのかも知れません。何故なら、愛情とは、そういう危険な橋を渡っても、愛情なのです。罅が入ったくらい、何でしょうか。いつ何時割れるのか、それが、何でしょう。終わるまで、つまりお皿が割れるまで愛せれば、それで宜しいではありませんか。
 しかし、自分の申し上げたい事は、貴方に、罅の無い美しい愛情を差し上げたいのです。物を贈るのは、気持ちの問題だと言われてはいますが、自分は、嫌なのです。貴方には、今まで貴方が見た事も無い高価なお皿を差し上げたいのです。嗚呼、しかし、これが、この思考が、貴方と私と、二人を破壊した原因なのかも知れません。
 まあ、この辺りの問題は、どれだけ思考しても、自分には結論を出す事が出来ないと思われます。ただ、一つだけ理解して頂きたいのは、この割れたお皿をそのままにしておくのには理由があり、その理由とは、つまりこういう事です。壊してしまえば、もう終わる事が無い。そして、壊れても片付けさえしなければ、何時だって、其処に存在しているのです。最早、此処に愛情はありません。しかし、やはり終わってはいないのです。これは、或いは自分の、自分の為だけの思考なのでしょうが、自分は、これだけは全面的に否定する事が出来ます。自分だけの為ではありません。貴方に対しての想いでもあるのです。
 自分は先日、誕生日を迎えました。何度目の誕生日かは数えたくありませんが、その時分、貴方は自分に対して、「おめでとう」の一言もありませんでした。いいえ、貴方だけではなく、自分の仲間さえもです。自分は今、或る珍妙な音楽バンドを組んで居ります。自分は他の四人のメンバーの誕生日には、きちんと祝いの言葉を贈り、安物ではありますがケーキを購入して渡したり致しました。しかし、自分の誕生日には、彼等から何の一言もありません。ウェブで公開している自分の日記には、誕生日と記載し、その後に練習で全員と顔を合わせもしたのに、何も言ってはもらえませんでした。彼等は、自分の日記を毎日の様に読んでいました。寧ろ、読んで欲しくない時分の日記さえも読んでいました。それで、今更日記を読んでいない等と、もし彼等がそう言ったとしても、言い訳にもなりません。自分は、勿論見返りを求めては居りませんが、誕生日、これは誰だって祝福せられて然るべきなのです。例え当人が自殺を目論んでいても、産まれて来た事が間違いの人間等、居ないのです。従いて、自分は彼等を祝いました。が、しかし、自分は結局、彼等からは祝福せられなかったのです。



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