劣等感

□薔薇柄の便箋
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 最後に、言わなくてはならないのです。
 君には、本当に、お世話になりました。

 先ず一つ、この場に於いても抗議をさせて下さい。
 君は、騙されています。
「貴方の吐く悪態は、人に傷付けられまいとする、防衛本能でしょう。貴方は、悪人ではない。それは、私が、断言します。」
 僕は、悪人です。
 坂口安吾の、「私は海を抱きしめていたい」という本があります。君に、読んで頂きたいのです。そしてその一節にはこうあります。
 『私は悪人です、と言うのは、私は善人ですと言うことよりもずるい。』
 だからこそ、悪人は悪人であり、僕は悪人なのです。

 君には、本当に、お世話になりました。

 僕は、何時も、傷付いていました。
「ねえねえ、空を見て。あの夕焼け空が切ないわ。」だとか、「二人で居れば暖かいね。」だとか、「愛しているわ。」というこの言葉の数々に、僕は何時でも傷付いていました。
 僕は、気が付きませんでした。空の悲しさや、二人で居る暖かさ、そういうものに、全く気が付きませんでした。
 僕は、君を愛せなかったのです。僕は、君を、微塵も愛してはいなかったのです。
 そういうところからして、僕は、悪人です。

 僕は一人、いいえ、正確には二人、人を死なせています。それは君に話した、あの人達の事です。
 それを何時思い出しても、僕は自分の為の涙ばかりを流して、嗚呼、救えなかった、嗚呼、助けてあげられなかったと、悔やんでばかりだったのです。
 全ては自分の為。
 ほら、悪人でしょう?そろそろ、どうか、認めて下さい。

 君には、本当に、お世話になりました。

 そして今、言わなくてはならない言葉があります。
 僕は君をちっとも愛してはいませんけれども、一つだけ、浮かぶ言葉があるのです。それで、末筆を飾らせて下さい。僕は、君を、愛せなかった。しかし、それでも敢えてその言葉を差し上げます。其処には、その言葉の意味を遂行出来なかったにしても、遂行しようという気持ちはあったという深い意味合いが、僕の中にはあるのです。
 僕を許してくれ等とは言いません。憎んで下さい。どうか、お願い致します。

 それと、お願いがあります。
 僕の墓前には、菊の花ではなく、どうか赤色の薔薇を、供えて下さい。
 さようなら。
 君を、愛しています。

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