劣等感

□自己中心的な僕の反省文 二
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 何故に自分が、これをまた書き認めているのか、それは申し上げるまでもなく、やはり自分が体たらくな人間であるからなのだと、痛切に、嗚呼、もうそれは痛切に、理解致して居ります。
 自分はこの会社に雇って頂き、所謂「出来る人間」として、まあ或る立場に君臨致して居りましたが、遅刻や早退、欠勤ばかりを繰り返し、何ヶ月か前、終にこの会社を解雇されました。しかし、そうではありますが、成る程、やはり頗る仕事が出来る人間は、ごきぶりの様な生命力を所有致している様で、つまり自分は、解雇され、それでも毎日の様に会社のある雑居ビルディングの入口で担当管理の方を待ち伏せ、その方を認めるが早いか頭を下げ、とうとうその方も自分を評価し、再度、この会社で働かせて頂く事に相成りました。その折に実感致した事は、やはり仕事が出来れば万事宜しいのではないかという事です。これでもし自分に仕事を致す能力が皆無でしたら、一昼夜、担当管理の方々に頭を下げたと致しましても、流石に蝿が追い払われる如くに自分は葬られる事でしょう。いや、本当に、仕事の出来る人間に産まれて、光栄の限りで御座います。
 さて、自分がまたこの会社に戻り、売り上げは鰻登りになった様で、いよいよ天狗に相成るその辺りで、しかし自分はそれから先ず遅刻を致してしまいました。再入社の後の初めての遅刻では五分、二度目の遅刻で二十分、三度目で三時間。それからは飛行機の墜落の如く堕ちる一方で、皆様に会社内の誰よりも勤務態度が悪いと、後ろ指を指される事に相成りました。
 担当管理の方も、最早閉口し、憤激なさりも致しません。つまり、自分は見放されつつあるのだと、大体の所を理解致して居ります。然して、この反省文なるものを、無言で渡され、自分は今、必死に書き認めているので御座います。度重なる自分の無秩序、大変、申し訳ありません。
 さて、反省文という事ですが、しかし猛省致しているとどれだけ自分が訴えた所で、もうその信用は失われている様ですので、それでは一つ、この会社の方々全てに、どうか理解なさって頂きたい事がありますので、それを簡潔に申し上げる所存で御座います。
 本来でしたら、簡潔にとは申さず、綿々と書き認めたい所ではありますが、如何せん、この反省文の行数も残り僅かになって参りましたし、皆様もお仕事の合間にこれを拝読される事でしょうから、やはりあくまでも簡潔に、申し上げたい事を要約致して書き認めさせて頂きます。
 恐らくご存知であると思われますが、未だに自分達に影響を与え続けている文壇の鬼才、太宰治氏と、それから檀一雄氏とがいらっしゃいました。彼等は所謂デカダン作家と呼ばれ、体たらくな毎日を過ごし、しかし素敵な作品を生み出した方々です。この年代に名を広めた他の作家の方々に就いても触れたいのですが、自分の書き記したい事はこの二人の或る出来事に就いてなのです。
 と申し上げますのも、彼等は物凄まじい酒豪の様で、或る日檀氏が、約七十万円もの大金を掻き集め、そうして太宰氏と飲み歩いたそうです。その大金は一夜にして消え去り、二人は無一文となりました。具合が悪い事には、その際に宿泊していたらしい宿賃を支払えないという始末です。しかし太宰氏は、師事していらした師匠(誰なのか判然致しませんので、師匠とさせて頂きます。相済みません。)に、お金を借りに行くと言い、檀氏をその宿に残し、自身だけで出掛けます。しかし、太宰氏はその日、宿には帰って来ませんでした。その次の日も、その次の日も、またその次の日も、帰って来ないのです。やがて十日が経ちます。檀氏は不審に思い、その宿を何とか出て、太宰氏が向かったであろう師匠の元へ向かいます。するとどうでしょう。太宰氏は師匠と将棋をさしていたのです。檀氏は憤慨し、散々に太宰氏を責め立てたらしいのですが、太宰氏は一言、「待つ身が辛いか、待たす身が辛いか。」
 と、まあ、こういう事なのですが、取り敢えずこれは他人から伺ったお話ですから、真実とは若干違うのかも知れませんが、しかし自分は、この太宰氏の言葉には感銘を受けました。のみならず、やはりこの方は素晴らしいとさえ思われました。
 待つ身が辛いか、待たす身が辛いか。自分の申し上げたい事はつまり、遅刻を致しても自分が誰よりも辛かったという事なのです。まあ、そうして自分を苦しませるのも、そろそろ終わりにしようかと思っていた所ですから、今後は大いに職務の方を、頑張って参る所存で御座います。今後とも、宜しくお願い致します。



 この反省文を読まれた担当管理の方は、反省している節が見えぬと大いに憤激し、僕を解雇した。今回ばかりは、この事態に僕は納得出来ないでいる。一体何故、反省している点を感じさせられなかったのか。眠られぬ日々が続きそうである。…

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