劣等感

□酒飲みの戦闘記
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 名は伏せるが、その酒を俺は好きでない。しかし安価であるし、コーラで割ると中々美味いからして、そうした理由で、まあ、金も無かったし、この一升瓶を買って二十時頃の帰路を行く。
 肴には刺身を買った。刺身と酒とは物凄くよく合うと俺は思う。今日は一人だが、早く酒を飲んで眠りたいぜ。
 その帰路はとても暗い。且つまた人通りが少なく、古びた看板に「変質者に注意」と記されている。そう言えば、この辺りは物騒らしい。まっ、俺には無縁の事柄だがね。
 俺は歩く。そうして、もう直ぐで居宅に着くという所で、向こうから三人の男がずかずかとやって来た。
 俺は当然そいつ等と擦れ違ったが、そうした後で、その中の一人が振り返って言った様。
「ねえ、小父さん。」
 小父さん? 何処に小父さんが居るのだろう。向こうから人が来ている様子は全く無い。
 俺は不思議に思いながらも前へ行く。
「あんただよ。おい、こら、小父さん。」
 俺は振り返った。三人の男は俺を見ていた。
「無視するなよな。」
「てめえ、酒なんか買って呑気に歩きやがって。」
「殴りてえ。殴りてえ。」
 俺は状況が判らぬまま、
「小父さんって、誰の事だい?」
 三人は憤然と言い放つ。
「だから、てめえの事だって言ってんだろ。」
「とぼけやがって。」
「殴りてえ。殴りてえ。」
 俺は何とは無しに状況を理解した。どうやら因縁を付けられているらしい。
「君達。どうした。」
「どうしたもこうしたもねえ。」
「金を出せ。」
「殴りてえ。殴りてえ。」
 俺は大笑いして、
「金を欲するのなら、働くか借りるかしろよ。酒を欲するのなら、この酒、一緒に飲むかい?」
 三人は急に激怒して、
「判らねえ奴だな!」
「ぶっ殺す!」
「殴りてえ。殴りてえ!」
 俺は三人に囲まれて、後ろは民家のその壁がある。背水の陣ならぬ背壁の陣。嗚呼、面倒だ。
 一人が殴り掛かって来た。俺はそいつの脛を蹴り、然る後、喉仏に拳を入れた。男は蹲った。
「やりやがったな!」
「殴りてえ。殴りてえ!」
 もう一人をも殴ろうと思ったが、そいつが俺の背後に回り、羽交い締めにした。しまった。
「おい、お前、こいつをやれ!」
「殴りてえ。殴りてえ!」
 俺はしかし俺を羽交い締めにしている奴の足を思い切り踏み付けた。男は力を抜き、そのお蔭で俺は身動きを取る事が出来た。そうして、殴りてえ君を殴ろうと思ったが、間違えて一升瓶を持っている手を振り上げてしまった。
 わっ、間違えた。でもまあ良いや。
 俺はその男の頭に一升瓶を叩き付けた。瓶が割れた。酒がそいつを濡らす。
 奇跡的に三人を制圧し、何とか俺は無事でいる。三人は地面に蹲り、最早戦意喪失。俺は殴りてえ君の懐から財布を抜き、
「何だ。多少は持っているじゃねえか。酒代だけ頂くぜ。お前等の所為で今日に飲む分が消えたからな。それじゃ。」
 俺はまた、酒を買う為に酒屋へ行った。


 

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