劣等感

□不幸の上に咲いた七色の虹
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鈴の部屋に居ても、私は只、呆然とし、矢張り舞を失った悲しみに満ちて居りました。
『煙草、吸わないの?』鈴は煙草を吸いながら言いました。
私は、うん、とだけ答え、すると鈴は、何故?と聞き返すので、舞と約束をしたから、と言い、鈴の目を見ました。
錯覚では有りませんでした。鈴の目尻は濡れ出し、悲しくテレビの方を見詰めていました。
偽善的な感情ですが、私は可哀相だとか、泣くなよ、と言う感情が湧き出し、鈴を元気付けようと、彼女の吸っていた煙草を手に取り勢い良く吸いました。今までは口の中で吹かすだけでしたので、肺の中まで煙を吸い込んだのはこの時が初めてで、思わず、ゲホッと噎せ、両目は涙で滲みました。
『吸えたじゃない!』と鈴はとても喜び、先程の曇った表情は消え去ったので、私は安堵し、それからは実に下らない話ばかりをし、笑う声は絶えませんでした。然し、矢張り私は空元気で、それは無理にでも笑っていないと泣き崩れそうだからでした。

夜は訪れ、そろそろ帰宅しようと思った頃、意地の悪い私は鈴をからかって楽しんでいる振りをして居りました。鈴は、『頭に来る!仁の口、塞ぐよ!!』等と言い、私は、やれる物ならな、と、まるでもう元気に為ったかの様に言い、その瞬間、鈴に唇を奪われました。
鈴は舌までをも絡ませ、私は只、呆気に取られ、唇と舌を鈴の思う様にさせました。
随分と長い間、唇を奪われて居りましたが、その内に私の理性も抑え切れず、不覚にも鈴を押し倒し胸を揉み始めました。
然し、どうしたの?と言う鈴の声に、私は『はっ!』として、我を取り戻しました。
この、鈴の『どうしたの?』と言う言葉に、私は酷く怯え、酷く苦悩し、酷く傷付きました。
鈴がどう言った意味合いでこの言葉を言ったのかは判り兼ねますが、まるで私が加害者の様な、私から鈴をこの様な展開に誘った様な、その様な気がして、もう途轍も無い羞恥心でした。
私は少し慌てて帰宅し、この意味不明な展開を何度も頭の中で思い出し、自分の軽薄さに呆れました。舞の事を想う気持ちに変わりは有りませんが、自分のこの行動につくづく呆れました。

この様な軽薄過ぎる私は、呪われて死ねば良い。
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