劣等感

□不幸の上に咲いた七色の虹
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個々人の本質を見抜くには、先ずはその対象と成る人物の目を見る事でした。
目を見て、その後に全体の雰囲気と、そしてその人物の癖や喋り方を一瞬の内に見付けて、私が質問した答えの内容等で大体は判るのですが、私はこうして、人に傷付けられる事の無い様に、怪物へと変わって行くのでした。
その二、三日後に、私は美奈子と逢い、彼女から付き合おうと言う言葉を聞き、その日から私達は交際を始めました。
私は、一手も二手も彼女の取る行動の先を読めました。冗談等を言って笑わせて、彼女の、知られざる本質がぼろぼろと露にされて、大体の本質は一目見ただけで解って居りましたが、細かい情報までをも引き出させ、私は彼女を完全に支配しようと思いました。

或る日、美奈子に構っていた所為で私は暫く引っ越し屋に行って居らず、そう言う貧窮な時に美奈子が逢いたいと言って来て、丁度、二人の中間の駅で待ち合わせをしたのですが、何処から掻き集めても片道の電車賃さえ無くて、嗚呼、迂闊でした。
仕方無く、私は大切にして居りました本やCD等を大量に紙袋に詰めて、私の自宅の最寄り駅の駅ビルの中に在る、中古のCDや本を取り扱っているお店に持って行って売る事にしました。そう決めた時には既に待ち合わせの時刻に成って居り、私は美奈子に連絡をして遅れる事を伝え、そのお店の店員の算出する買い取り額を待ちに待ちました。
すると、百冊近い量の本と、何十枚かのCDでしたのに、全てを買い取って貰うとしても、千円前後にしか成らず、私は青ざめて店員に断り、違うお店を探しました。
千円ですと、往復の電車賃は優に越えて問題は無い様に思われましたが、とても大切にしていた本やCDでしたので、どうしてもその値段に満足が出来ず、お店に依って買い取り額は違うと言うのを私は知って居りましたので、もう少し高く買い取ってくれるお店を探そうとしましたが、その時のあの街には、買い取りをしてくれるお店が其処ぐらいしか無く、けれど、お金が無い不様な自分には成りたく有りませんでしたので、忠実に連絡をくれる美奈子には忙しいと言う事にして、もう只、歩いて、その内にお店が現れるだろうと、一縷の望みに懸けました。然し。
然し、然し、然し、然し、然し、歩けど歩けどお店は現れず、既に二時間以上も歩き続けて、美奈子が電話やメールを、もう五分置きくらいに寄越して来て、私はその都度、冷静な対応をして、彼女は、私が仁の地元まで行こうか?と言ってくれたのですが、不様に成るのはどうしても嫌でしたし、又、此処まで来ると変な自尊心までもが湧き、私は更に前へと歩き続けました。
それから約三十分が経ちました頃に、漸く有名で大きい、しかも、きちんと買い取りまでしてくれるお店を見付け、其処に入って買い取りをお願いして、店員が算出を終えるのを、私はきりんの様に首を長くして待ちました。
十五分くらいが経ち、私はそれまでの間、酷くそわそわとしていたのを自分でも気付きましたが、漸く算出が終り、値段を聞くと九百円程度で、私は只、惨めな気がして、不様にも、そのお店での買い取りも止めにして、顔を赤らめてそそくさとお店を出て、先程のお店に戻り買い取りをお願いして、気が付けばもう待ち合わせの時間から六時間も経っていて、私は大急ぎで美奈子に逢いに行きました。
六時間も待った彼女は、笑いながら怒り、私は道化師の微笑で、ごめんね、と言って、只、ぶらぶらと、夜が訪れた、涼しい様な寒い様な街を歩きました。
なるべくお金を使わない様にして過ごし、質素なデートでは有りましたが、美奈子を退屈させない様に必死に努めて、やがて帰宅する時間帯に成り、待ち合わせをした駅の、彼女が乗る改札口でお別れの口付けをしようと思いました。
私は、『僕は奥手だから、公衆の面前でキスなんて出来ないよ。』と可愛く言って、美奈子の母性本能を擽りました。
別に、口付けの一つや二つ等、いとも簡単に出来るのですが、わざと可愛らしさを演出する事で、彼女の、私に対する興味を深めさせ、更に私を好きに成る様に仕向けたのです。
これは半ば、女性に対しての復讐でした。美奈子が私に対して何かをした訳では無い事は充分、知り得ているのですが、もうその時の私には血も涙も無い、只の怪物に成っていた訳でした。
とても良い気味でした。とても、清々しい気分でした。
私は只、恍惚感に溺れて、素顔の上に道化の仮面を冠して…。
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