劣等感

□ホスト
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 俺はこいつ等に囲まれて、公園までの道を行く。その中で、言うまでもなく逃げる事を考えなかった訳ではない。しかし、これはもう俺の意地だった。俺の人生の目標を達する事だけを重んずるのなら、逃げるべきだ。が、俺は負けん気の強い男。このまま逃げて、人生の目標を達成せしめても、きっとその後、俺は俺自身を責める。そうなっては、目標の後に手垢の一つも無い幸せ等望めない。それならば、どんなに無様であろうが、こいつ等のこれからする暴力に耐えなければならない。けれども、死んでしまったとしたら、それで終わりだ。目標も糞も無い。だが、生きてやるぜ。ごきぶりよりも強く、生きてやろうじゃねえか。
 公園に着く。ナンバーワンの幹部が言った。
「此処に呼ばれた理由は、解っているよな。」
 夏の都会の公園。しかし誰も居ない。何故ならその公園は、ホストや風俗嬢達が、対象に焼きを入れるのに使われる公園だからだ。誰も近付かない。野良猫さえも。
「落とし前、付けて貰おうか。」
 俺が一体、何を仕出かしたのか。簡単に言えば、秩序を乱したのだ。その店では、いや、恐らくその店以外もそうだ、ホストという業界の全てがそうだと思うが、一人のホストに指名が入ったとして、その者の客を奪う事は許されない。客が指名を変える事は認められるが、人の客を取るという行為はご法度だ。俺はそれをした。しかも、綿密な計画の上で。
 俺は先ずヘルプとして客の前に座り、その客の動作を全て観察する。動作には無意識の行動が出る。俺はそれを逃さない。例えば流す一滴の汗でさえ。ほぼ全てを観察したその後は、客の目当てのホストが席を離れた瞬間、色恋に行動を移す。つまり、人の客に、自身を惚れさせるのだ。それは容易な事ではない。しかし俺はやった。そうして、店内では売り上げの殆ど無い俺が、しかし店の外では相当の額を客から手にした。と言っても、たかが三十万円だ。それ以上の額を手にする事も出来たとは思う。しかし、俺はあくまでも三十というこの数に固執していた。だからこれで良いのだ。ホストになった理由も、出来るだけ早急にこの額を入手する為だ。給料なんかどうでも良い。誰かから金を貰う事が出来れば、それで良い。それも、詐欺等ではなく、法に触れない様に。
 しかし、法律には引っ掛からなかったが、こいつ等には引っ掛かった。それも最終日に。もう少しで、逃げ果せたというのに。
「取り敢えず、お前をぼこぼこにするぜ。」
 十一人が一斉に襲い掛かる。俺は手出しはしない。死んでしまう事になろうとも、拳を握り締めてひたすら耐える。気が済むまで、殴れ。

 俺は気を失ったらしい。気が付くと、ナンバーワンの幹部が俺に水をぶっ掛けた様だ。下っ端の奴に、バケツに水を入れて持って来させたのだろう。
 そいつは言う。
「俺の客に色恋なんて使いやがって。俺に恥を掻かすんじゃねえよ。てめえはもうホストを出来ないばかりか、この街をさえ歩かれねえ様にしてやる。」
 また殴られる。そうして、出来る事ならば背広の内ポケットに入っているあれには気付いて欲しくない。どうか、気付かないで欲しい。
 だが現実は余りにも残酷だ。幹部はそれに気が付いた。奴は勝手に俺の懐に手を入れて、それを取り出した。それからこう言った。
「この封筒の中身は…、」
 中を見て、にやりと笑んだ。
「金じゃねえか。成る程な。俺の客から引っ張った金か。」
 糞野郎!
「てめえの金じゃねえ。これは俺が貰うぜ。」
 全てが台無しだ。俺の目標が、破綻し掛けている。俺は激昂の余り、笑い出した。
「ははは、ははははは。」
「何が可笑しい。」
 俺は、そいつの骨をさえ見る様な目付きで、
「何が可笑しいだって? あんただよ。あんたしか居ねえだろう。」
「あ?」
「幹部ともあろう奴が、下の者に客を取られて、餓鬼みたいに怒っている。しかも、その金までをも奪い、すっきりしている。ぷっ。下らねえ。こんな奴が、ナンバーワン。世の中はどうにかなっちまっているぜ。」
 奴の顔が真っ青になり、その後で真っ黒になった。空が晴天から曇天に変わる具合だ。
「てめえっ!」
 俺はそれから更に殴られた。また意識を失う。気が付けば、その公園には誰も居なかった。夜が明けようとしている。
 俺は大笑いした。そうして、ズボンの尻の方のポケットから封筒を取り出した。中を確認する。二十万円ぴたり! この金だけは無事だ。本当を言うと、俺は三十万円を欲していた訳ではない。二十万円だった。しかし、こういう事もあろうかと思い、三十万円を手に入れる必要があった。十万円と二十万円とを別々にしていたが、十万円の方を奴等は持って行った。計算通り。一つの封筒を見付ければ、他に封筒があるとは思わないだろうよ。面白過ぎる。大笑いしてやれ。
「あっははははは!」


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