劣等感

□猿真似
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 私の書く作品の多くは、デカダンスをテーマに致しました物で御座いまして、私が知るデカダン作家の方々は毎日の様に大酒を喰らい、その為に原稿も期日には提出しないと言うのが当たり前の様でした。
 私はわざと筆を取らず、毎日を飲み歩きました。
 時折、仕事をする気力が病的なまでに湧く事も御座いまして、原稿を期日までに書き終えて仕舞った際には、その原稿の全てを破り捨てた事も御座いました。
 その様な生活を送っている内に、やがて誰も彼もが私を、真のデカダン作家と認める様になりました。
 そして或る日、一人の馬鹿な女性に出逢います。
 その女性は、私が何時も大酒を喰らいに行く、安いお酒を出すお店のママでした。彼女は、私が毎日の様に大酒を喰らいますので、それを心配し、色々と気遣ってくれました。
 季節が真冬になったあの日、私が大酒の上に大酒を喰らい、店内で酔い潰れ、だらし無く寝て居りましたら、彼女はお店を閉めた後に私を背負い自分の部屋に上げた様でした。
 目を覚ますと、私は見覚えの無い部屋に居りましたので、余りの酔いに他人の部屋へ間違えて入って仕舞ったのか、と、自分自身を疑いさえ致しましたが、彼女は直ぐに事情を説明してくれましたので、私は納得と安堵を致しました。そしてその日の夜、私は彼女に犯されました。
 私は、実は女性を嫌いなのですが、その理由は、女性と言う生物が貪欲で我が儘だからでした。何よりも、性欲が悍ましい程に旺盛な所が、自分を苛ませましたし、その理由から、女性の全てを敬遠していた訳で御座います。
 そもそも、私が女性を嫌いな一番の理由が、それはもう喜劇と言えて仕舞う程に傷付けられた過去に御座いまして、それを此処にきちんと書き記したい所では有りますが、然し、それを致しますと、一年の月日を掛けても書き切れない程に凄惨な物語として続いて仕舞いますので、それは永遠に、謎のままに葬って仕舞いましょう。
 然して、その夜から彼女は私に惚れ込みまして、私には愛情の一片さえも御座いませんでしたが、大酒を喰らうお金ももう有りませんでしたので、上辺だけで付き合う事にして、彼女に貢がれる生活を送ります。そして、彼女は直ぐに破産致しました。
 彼女は、私を愛し、盲目になっていました。女性を嫌いな筈の私も、流れる時間に彼女を深く愛して仕舞う始末で、此処から書き綴る事が最も重要な点で御座います。
 彼女の苦悩を軽減すべく、私は小説を書きながら運送業等もやり、金銭面では裕福さを取り戻しましたが、仕事ばかりの日々に二人の間には罅割れの様な物が生じて、私はともかく、彼女は更に煩悶していた様でした。
彼女の場合、私が真面目に働いて逢えなくなるよりは、或いは、破産はしても、一緒に居た方が良かったのかも知れません。
 彼女は、私に情死を提案致しました。私も、それに賛同致しました。
 私が情死に賛同した理由は、もう言うまでも無く、矢張りその情死がデカダンでありますし、実際に猿真似人生に終止符を打ちたい気持ちも有ったからでした。まさか、私の好きな作家の或る手記の様に、私だけが助かり、彼女だけが死ぬと言う様な結末は、草々、無いだろうと思い、二人で手を繋いで真夜中の冷たい海に身を投げました。
 結末は、言うまでも有りません。私がこの手記を書いていると言う事は、事の終りも理解出来る筈で御座います。
 その後は、自分を呪い殺す程に呪い、モルヒネにまで手を出しました。その理由は、彼女が私の猿真似人生の犠牲になったからで、自分自身に途轍も無い不安と恐怖と絶望感を覚えたからでした。

 私には、所詮、思想が御座いません。私には、作家としての何たるかも、人間としての何たるかも、何も御座いません。
然し、最期まで猿真似をするつもりで御座います。或いは、これが私の思想だったのかも知れません。
 皮肉な結末で御座います。皮肉な終幕で御座います。
 けれど、私には今、悲しみと言う様な感情がまるで無いのです。とても、清々しい気持ちで御座います。

 さて、これから凍る様な海に身を投げて、私の猿真似人生を殺して参ります。さようなら。



 追記。
 私が死ぬに至る理由も、所詮は猿真似で御座います。
 私の好きな作家の方は、海に身を投げました。それと同じ事をして、私は生涯を終えるのです。
 愉快な気持ちで御座います。噴き出して仕舞う程、愉快な気持ちで御座います。
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