劣等感

□恐ろしき夢
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 と言うのは、ふざけているのか、彼女が阿呆な顔をし出したのである。けれどもその、ひょっとこの様な顔は、最終形態の過程であったらしく、つまり次に変化する顔が、真に禍々しい顔なのであった。
 楳図かずおの何とかという著書に登場する殿様の如く、猫の様な、しかし醜い顔に変貌するのである。目が通常の十倍程にも膨大し、縦に細い黒目、白目ならぬ黄目がその周りに光り、割りと人間らしい口からぺろりと出された人間らしからぬ舌。
 僕は恐怖して大声を上げた。彼女は…僕を見ていた。そうして、その表情はやはり思考する事をやめた者の如しであった。
 僕はくるりと踵を返し、もう一度大声を上げながら、逃げ出した。

 魘されていたらしく、僕は其処で目を覚ました。
 それからは目の前にある全てのものが僕を不安にさせた。天井に吊された古い電灯も、煙草の所為で黄ばんだ四方の壁も、時計も、その音色も、ウイスキーの瓶も、グラスも、机も、椅子も、箪笥も、本も、全て。
 時刻は早朝の五時頃であった。余りの恐怖に鼓動は高鳴り、身体はぶるぶる震え、堪える事が出来ずに彼女に電話を掛けた。まだ眠っていないらしい彼女に、一方的に夢の内容を喋り、少しだけ恐怖心が薄れたから、僕は取り敢えず電話を切った。
 僕は繊細な質ではない。しかし、余りにも気が滅入り、今日は仕事を休んだのである。


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