劣等感

□悪夢
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 かくて、Aとは仲直りを果たしたのであるが、Bと、再びの浮気。しかも具合が悪い事には、彼女の自宅にBを招き入れたという無神経な行動。私は、やはり自身の取った一連の行動に傷付き、ぼろ雑巾の様にずたずたにせられたのである。
 私は、取り敢えずBをB宅へ帰宅させ、そのままAの帰宅を待った。
 暫くしてから私の携帯電話に着信があり、確認するとそれはAからであった。私は受話器を取った。
「あ、今、仕事が終わったのだけれど、近くの公園でお祭りをやっているから、今日は其処で遊ばない?ねえ、ちょっとくらい良いでしょう。ねえってばあ。」
 私は祭り等、そういった種のものを嫌っているのであるが、しかし、行かない訳にはいかなかった。私は直ぐに支度をし、祭りをやっているというその公園へ行った。その公園は出店が数々立ち並び、人と人とがひしめき合い、騒然としていた。そして驚いたのは、閉鎖病棟の面々も其処に遊びに来ていたという事である。
 私は、浮気の件に罪悪感を覚えていたその胸に、更なる傷を付けられた。と言うのも、閉鎖病棟のメンバーの中で、一番に仲良くしている彼が、私を認めるが早いか、突然こう言ったのである。
「Jekyllさん、単刀直入に言わして頂きますけど、閉鎖病棟はどうするのですか。俺だって、恋人と結婚したいんですよ。それでも閉鎖病棟をやっています。Jekyllさん、閉鎖病棟はどうするのですか。」
 彼の恋人や結婚の話は、あくまでも夢の中だけの話である。彼が実際に結婚する等と言った事は無いが、しかし夢の中ではそう言うのである。
 閉鎖病棟をどうするのですか。つまり、私はこのバンドを、解散させようとしている。それでもこれを遂行出来ず、こうしてのうのうと活動させているのであるが、彼はこの私の中途半端さに呆れ、しかし依然として閉鎖病棟を愛してくれている。彼の発言からはその様なものが感ぜられた。
 私は、遂に、何も声に出来なかった。私は彼の言葉を前に、何も、言う事が出来なかった。
 私は逃避主義であるから、その場を逃げ去り、人と人との合間を縫い、遮二無二違う場所へ移動したのであるが、直ぐ其処にAが居た。
 Aは私を見付けるなり、何処何処の出店が気になる、何処何処にビールが売られていたから買ってあげる等と言い、私の両目は次第にまた身勝手な涙で濡れてしまった。そして、嗚呼、まただ。彼女は何時もと何も変わらない。しかし、周りの全て、淡色の曇天やざわめく人々、それ等はやはり、すっかり変わってしまった。まただ。また、彼女だけがそのまま切り取られ、漆黒の闇へ貼り付けられてしまった。
 私は覚悟を決めて言った。
「俺は、浮気をしたんだ。嗚呼、お前が何よりも大切だと知っていても、俺は、浮気をしたんだ。怒ってくれ。殴ってくれ。俺は、また、最低な事をしたんだ。」
 私はそう言ったが、しかし、彼女は涙ぐむ目で、仕方無いよと言わんばかりに、これが最後だからね、次は無いよ、と言った。
 次は無いよ。
 私はこの言葉を、前にも一度だけ聞いている。だからこそ余計に胸が痛んでしまった。嗚呼、彼女は、今、どれだけの傷を背負ったであろう。私の一度目の浮気でも次は無いと言い、今回も、私の無神経を許し、嗚呼、また次は無い、と。
 彼女は、もう私を責めもしない。これがまた見放された様で苦しくて苦しくて、私は、危うく発狂するかと思われた。
 悪人よ、私という悪人よ。何もかも中途半端にし、それでいて、生きている。これはもう或る意味での阿鼻地獄である。私は、閉鎖病棟は元より、Aをさえ中途半端にし、そして、これ等を生かす事も殺す事も出来ず、逡巡している。
 私は、その人込みの中で、終に発狂した。…



 ――私は、此処で、目を覚ました。
 成る程、分析するに、現に中途半端にしているものがそのまま夢に現れて来たのであろう。
 時分は午前三時頃であった。その後私は、再び眠ったのである。一筋だけ流れる、涙を尻目に。…


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