08/30の日記
22:02
没:アヴドゥルに拾われる迷子主
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すっかり降りだした雨に湿気りながら、私は四条の街を屋根のある場所をぶらりと歩いていた。
歩きながら、失敗だったなと思う。
事の成り行きを知りたいものは私の話を聞くが良い。
本日、私は友人達に誘われるまま、夕方から始まる宴会に参加の意志を出した。
しかしながら私は随分せっかちな質で、夕方にとの約束で夕方に来るところを真昼の12時に阪急河原町へ降りてきて、独りで本屋を巡ったりしようと計画したわけである。
これがいけなかった。
晴れるだろうと油断した私を馬鹿にするために、天狗が団扇を扇いだのかは知らぬ。
しかして一陣の突風が連れてきた雨雲は、ものの5分足らずで四条通りを人の通れぬ魔境へと世界を変えてしまったようだ。
アーケードの下は人が溜まる場となりだしたし、となれば、あちらこちらにカップルや家族連れがみえて、私は孤独を感じた。
京都で降水確率を信じるなんてするからだ、と心の中では辺りの人を罵るも、私とて傘など持たない阿呆のひとりであるに違いない。
そうこうするうちに、いよいよと本降りになってきた雨はビル一階の店に人混みを押し込んでいく。
辺りの人がまばらになるたび、私はあちらこちらで店員が注目を繰り返す慌ただしい声を聞いた。
さて、濡らすまいと本を抱えてじっと軒の下に立っていた私だが、今や砂漠のスコールのように道へ流れる雨の勢いにはとても敵わないと、遅いながらも適当な喫茶店に入るために高く伸びるビルの端々に目を向けることとなる。
出来るなら安そうなところが良い。
と、私は思った。
京都四条の物価は学生身分には大変厳しいものだし、なるべくならば安い店がいいのが懐的には当たり前だ。
だが、私の本で肥えた優良な学生の脳髄はこうも考えた。
いやまて、安いからといってマクドナルドなどという高貴さの欠片もない店では良いわけがない。
最低限、私のような女子大学生身分の女子たるプライドが保てる場所で休むべきだ。
そう、例えばそれはお洒落なイタリアンカフェであったり、可愛らしいフリルのスカートが似合いそうなケーキ屋、女の子が居て当たり前の、そんな店はないものか。
軒下から身を翻した私は、一目散に路地へ入りアーケード街を散策しだした。
何処かの占い師を脇目に、揚げたて唐揚げの屋台の隅を曲がる。
雨脚に滑りそうなサンダルを踏み締めて向かう先は、未だ見たことがない理想のお店だ。
そして、これが二つ目の間違いであった。
幾つもの路地を曲がった私は、やがて店を探すのをやめて緩やかに減速して、ようやく首を傾げた。
いつの間にか雨は小降りになっている。
そんなに長い間走っただろうか?
気が付かなかったのか何故なのか知らないが、いつの間にやら見渡した街並みは通い慣れた四条とは違う、随分と日本離れした細い路地へ変わっていたらしい。
私はもと来た道へ引き返そうと振り替えったが、そこもまた見覚えの無い路地であるのを見てしまい、今度こそ気分が重く沈んだ。
いつもと違う路地へと曲がりに曲がった結果。どうやら完全に迷ってしまったらしい。
辺りは見渡す限りの土壁である。
余談だが、京都には観光条例というのがあって、建物を新しく建てるにも高さや風貌が定められている。
戦時中もその街並み故にアメリカが空爆をしなかっただとか、今や日本一の観光地区だとか、語る所は長いのだが。
さて、かして此処は、まるで京都ではないように見えるわけだ。
さて、どうしようかと、私は眉をしかめて…。
後は冒頭の通り、完全に失敗した私が何とか四条の大橋に戻ろうとあちこち歩き回っている今に至るのである。
随分と外国の人は多いのだが、生まれてこのかた日本語を専攻してきた私は彼らと話す勇気もない。
何度も口を開こうとしてはやめるを繰り返し、すれ違うだけで道を聞くことも出来ないまま、とうとう一時間を無駄にした。
それにしても。
私は独り頭を振る。
夏も終わりだと言うのに全身から汗が吹き出している。
随分、というか、全く。
おかしな事もあるものだ。
曲がった街角を見るたびに期待しているにも関わらず、こうも日本人に出会えないままでいるのだ。
いよいよわけのわからない想像で頭がおかしくなったのではないかと不安になってくるには充分だろう。
私は考える。
日本で日本人に会えない確率とはこんなに高いものだろうか?
むしろ、いくら観光客の多い京都でも、外国人だけと立て続けにすれ違うなんて、何分の一の確率だろう?
飲み屋街である木屋町通りを抜けたのか、抜けていないのか、辺りは読めない名前の店屋で溢れているし、いよいよもって不可思議だ。
歩いて、歩き疲れて。
日がもうじき暮れ始めるだろう時間になっても、まだ元の道には出れていない私がいた。
そろそろ友人も待っているだろう。私は腕時計を見て口をひん曲げる。
豊かにしすぎた脳内では、嫌な想像が巡り続けていた。
神隠し、京都なのだからそんな逸話は山のようにあったなぁ。なんて。
そう思い、私は自ら不安に苛まれては目から要らぬ雫が湧いてくるのを堪え必死になるのだ。
どうしよう。
良い大人が迷って泣くなんて!
しかし歩けど歩けど、街並みが変わる様子は無いのだから、混乱するばかり。
むしろ、どんどん奥へ入ってしまってるようだ。
額から垂れてきた冷や汗が眼鏡を濡らした。
私は考えるのが嫌になってきて、路地の片隅に身を寄せて立ち止まる。
路地の隅へと蹲り、膝を抱え、物思いに耽り始めると一層惨めさが胸に凍みた。
ああ…なんてことだ…。
思わず呟いてしまう言葉たち。
巡る後悔への対処法はただひとつ、元の四条に戻ること。
それが敵わないなんて有り得ていいのだろうか。
もしやこれは夢で、未だに私は自室のベッドで蛙のクッションを抱えたまま寝ているのでは無かろうか…。
思考はもう、ぐちゃぐちゃになってぶつ切りにされている。
脳味噌がミンチにされたかのようだ。
落ち着け、と頭の中の理性的な私が繰り返す。
どうせ四条通りか三条通りの間にいるのだ。日本人に会えさえすれば直ぐに帰れるさ。
擦っても擦っても溢れてくるのは、いよいよ言い訳が出来なくなる程の大粒の涙だったが、誰かが助けてくれるはずもない。
取り出したポケベルで友人らに助けを求めたのは数時間前、その返信も無い。
歩かないとたどり着かない。
だが、もう一度歩き出すには疲れ過ぎていて足が進まない。かといって此処でずっと座るわけにもいかないのだが、もう少し、もう少しを先伸ばしにしてしまう。
溜め息を吐くと、砂ぼこりが辺りを舞った。
「アジアン?」
ふと、呼ばれた声に顔を上げる。
蹲った私の前には見知らぬ黒人の男性が立っていた。
彼が口にした言葉はたった一言だったが、私はなんとか涙を堪えて頷き返す。
助かるかもしれない!
しかし、見れば男の風貌は夏の終わりだと言うのにも関わらず何処かの民族衣装かと思うほど布で覆われていて怪しげだ。
それでいて何処か困ったように下げられた眉と真っ直ぐの視線は不思議な印象を与えられる。
ゆったりと袖を取った白い上掛けは、最近流行りだした変わり着物のようでもあり、違うようにもみえた。
地元民だろうか、観光客だろうか?
「チャイニーズ?」
男はまた口を開いた。
私は少しばかり痛む喉を湿らせて、そろりと唇を動かす。
「あいあむジャパニーズ」
「ムゥ…ジャパニーズ…、日本人か」
驚くべきことである。
この、どう見ても日本人でない男。
当たり前のように日本語で話したのだ。
思わず、神降臨した!!!と拝みそうになった私の心境を押して知るべし。京都だから仏の使いかも知れないが、とにかく救いの手がようやく現れたと涙が引っ込んだ。
「そうです!助けてください!!」
「出来ることなら助けたいが、どうしたんだ?」
冷静に聞き返してくれる言葉はやはり日本語で、私は彼を逃がすまいと立ち上がった。
「四条に、帰りたいんです!」
「…うん?」
「この際三条の駅前でも、バス停でも、鴨川の流れる所でも構いません!!お願いします!お願いだからッ」
「いや、待ってくれ、君は、」
「私を京都にかえして下さいッ!!!」
しかし、男が私の叫びを遮って伝えた言葉は残酷であった。
「…君は、どこから来たんだ…?」
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っていう辺りから始まるアヴドゥル連載ください。
没理由
長いし、文章真面目に書きすぎて面倒臭い。
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