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□クセから始まる病
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「おい、名無しさん消しゴムかせ」
「……今の俺のことを呼んだのか?」
ファミレスで勉強中、向かいの席にいたキラーが、きょとん顔して俺に言った。
はっと気付いた時はもう遅く、斜め向かいに座るユースタス屋は、すでに危ないおもちゃを見つけたガキみたいな顔してやがる。
「………はぁ」
また、やってしまった。
「おいおいトラファルガー、最近それ多いんじゃねぇか?ええ?」
「というか、なぜ俺を呼び間違える…」
「さすがにキラーはねぇだろ…」
「惚気か?おお、おお、天下のロー様がなぁ〜」
隣に座るシャチは「あーあ」と言って呆れ笑い、気色悪いにたつき顔でテーブルに乗り出してくるのはユースタス屋だ。
殺してやりてぇ欲望をぐっと堪える。
まぁ最近、こういうのことが多発している。
名無しさんと住み始めて1ヶ月。一緒にいる時間が増えて、名前を呼ぶことも増えたせいか、どうも気が緩むと誰彼構わず名無しさんと呼び間違えるクセがつき始めていた。
「…るせぇぞ。お前ら、名前似てんだよ」
「おい、どう考えても似てねぇだろうが!」
「一文字もあってねぇし!」
「言い訳適当すぎてビックリしたわ!」
畳み掛けて突っ込んでくるシャチとユースタス屋。
なんだこいつらは、うぜぇしめんどくせぇ。
「それ以上突っ込んだらてめぇらこの場でバラすぞ」
言って、すぐそこにあったキラーの消しゴムを勝手に借りた。
…その時。
「…まぁ、今回の彼女は本気みたいだからな、ローは」
突然聞こえた声の主は、遅れて来ると言っていたペンギンだった。
「よぉペンギン!遅かったな!ってかなんだよ!なんか物知り顔じゃん?」
「なんだなんだ、トラファルガーの弱点でも持ってきたか?」
「ははっ、まぁな、ローはわかりやすいってことだ。」
「…何が言いてぇ、ペンギン」
ペンギンはにやけた顔して立ったまま俺を見下ろす。全く、食えねぇ野郎だ。
「俺も前になにかの拍子で呼び間違えたことがあってな、その時にローは『そのことばかり考えているから呼び間違えるんだ』って。そうだったよな、ロー。」
…そんなことが、確かにあったような。
俺のことを彼女だかなんだかと呼び間違えるから、そのことばかり考えすぎだと言ってやった。
まさか、今度は俺がこんなことになるとはな。
ロー、そう上からペンギンに呼ばれて睨みあげると「考えすぎだ」と殺意のわくドヤ顔で言ってから、シャチの隣に座った。
「っち…」
反論なんざ、できない。
その通りだ。無意識に考えていて、それが当たり前になっている。
なんの躊躇いもなくその名前を呼んでしまう。
呼び間違えた今だって、確かに頭の中にいたのは名無しさんだった。
これはやばいなと、思った時にはもう手遅れだった。
「ロー、それさー病気じゃん。」
「あー恋の病ってやつか?」
ユースタス屋が心底ムカつく顔で言うから「あー、そうだな、病気だ。」と、平然と言ってやった。
あいつのことばかり考えているのが病気なら、別に治らなくてもいいけどな。治す気もさらさらない。
「悪気ねぇー」
「悪気なんかあるかよ」
「はは、さすがローだな」
「わかったらもう突っ込むな」
「「突っ込むわ!」」
シャチとユースタス屋が声を合わせる横で、ペンギンとキラーは笑っていた。
俺は携帯だけ持って一度ファミレスを出た。
あいつのことを考えていたら声が聴きたくなったからだ。
今日はバイトが休みと言ってたが、あいつは休みの日、昼まで寝てる時がある。
さっき家出る時も、寝ぼけながらいってらっしゃいとベッドの中から言っていたの思い出した。
何コールか鳴った後、電話の向こうから『…もしもし…?』と、やっぱ寝てたかっつー声で、思わず頬が緩む。
「まだ寝てんのか?」
『うん…。勉強は?』
「少し抜けた。そろそろ起きろ」
『ん〜、わかんない』
「何だそれ」
『だって布団、ローの匂いするから起きたくなくなっちゃった』
…何を可愛いこと言いやがって。
ったく、今すぐ帰りたくなるだろうが。
「今日は早く帰る、明日は俺も家にいる。お前も明日は一日家にいろ」
『えー、明日は予定…』
「断れ、俺が優先だ」
『…ふふ、なにそれ、むかつくー』
そんなこと言いながら、嬉しそうな声を隠しきれてねぇのがまた愛しさを誘う。
「ちゃんと起きろよ」
『わかったよー。勉強がんばってね』
「ああ、じゃあ、また後でな」
通話を切る。
さて、早く帰る約束だ。
くだらねぇ勉強なんざさっさと終わらせるか。
声聞いて、もっと頭ん中あいつでいっぱいになったから、また名前間違えないよう注意しねぇとな。
まぁでも、ユースタス屋の羨望の嫌味を聞いてやるのも、悪くねぇか。
【クセから始まる病】
(似るくらいなら、いっそ全て)
(俺の中に取り込んでしまえ、と)
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