□Gentiana*
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「入れ」



………驚いた。
と、同時に今聞こえた声に反応しないわけにもいかないので、失礼します、と平静を装ってドアノブを回した。



「……おせぇ」



扉を開けて中に入ると、いつもより一層深く眉間にシワを刻んだ彼が指を組んだその向こうから睨むようにこちらを見つめ、ソファに座っている。



怖い…。
いや、いつも怖いんだけど、なおさら怖い。



「えっ、と……ちょっと、…」

「すぐに来いと、言ったはずだが……忘れたか?」



言い訳を飲み込まれる形で遮られる。



忘れるわけがない。
いつだってその約束があるから、私は何があっても希望を失わずにいられる。

…でも、この人はわかってない!





「来い」




有無を言わせぬ勢いで低くそう言い放つ。

私は軽く慄きながら、それでも足を彼の元へと進める。
従わないという選択肢は彼の前では通用しない。

これは彼の隣にいることを許されたこの数ヶ月足らずで体に染み付いた答えだ。




「座れ」




彼の座るソファの横に辿り着き、放たれたそのもう一言に従う。




「…あの、へいちょ……わっ……!」




ソファに体が沈み込んだその一瞬だった。

身動ぎ一つしなかった彼の腕が伸びてきて私を素早く引き寄せ、今目の前には、鋭い三白眼の彼の顔が間近にある。

息を詰めて肩を強張らせた私に小さく舌打ちをして、それでも距離を離そうとしない彼の瞳を見つめ返す。





「兵…長、あの…」

「俺を待たせた言い訳は、聞いてやらねぇぞ」

「そん……っ…!」





私の反論はそのまま、彼の唇に遮られた。
乱暴な、しかし時々優しさの垣間見える口付けは、私の後頭部に回された彼の手によって拒むことを許されず、私の息があと3秒ももたないという所まで続いた。






「はぁ……っ、兵、ちょ…」

「俺が壁外調査から戻ったらすぐに俺の元へ来ること…この『すぐ』ってぇのは、どういう意味かわかるか?」







唇を離した彼の目から威圧の色は消えていた。
その代わり、そこにあったのは普段あまり笑わない兵長の笑顔。
でもその笑顔は、にこやかで爽やかなものではなく、意地の悪い、人を試すような彼独特の嘲笑だ。







(……あぁ、久しぶり)







そんな事を思いながら、酸欠寸前まで追い込まれた脳内ではこのやり取りを懐かしく愛おしささえ感じてしまう。

私はすでに、彼に『調教』されてしまっているのだろうか…。

一度離れた唇が今度は耳元へと近付いて、荒く乱れた私の呼吸とは裏腹に落ち着いた息遣いが聴こえた。






「『すぐ』っつーのはな、何を置いても誰に逆らってでもどんな障害があろうとも全てを放棄して最優先に、だ。…わかったか?」

「はい…兵長」

「…違ぇだろ」

「………リヴァイ、さん」

「さんは余計だが…まぁ及第点だ」






そう言ったあと、突然体が浮き上がったと思ったら私の体は彼にお姫様抱っこの形を取られ、どうやら向かっているのは彼のベッド。






「あの、リヴァイさん…」

「………」

「…言い訳、させてくれません?」






返事がないまま、ベッドに降ろされ間髪入れずに組み敷かれる。
ギシッと軋むスプリングと共に彼の体が重なる。







「あの、」

「聞いてやらんと言ったろう」

「………」

「んな膨れても駄目だ」

「じゃあ、ひとつだけ…!」






唇が触れるまであと1センチの距離で遮られて、舌打ちを隠さずイライラしだす。

でも、せめて。
あなたの愛を身体中で受けて、全てどうでもよくなる位の幸せで包まれて、忘れてしまう前に。
せめてこれだけでも、聞いておきたいことがある。







「うるせぇやつだな、なんだってんだ」

「……なんでさっき、ノックもしてないのに私だってわかったんですか?」

「あ?」






部屋に入る前、急いで部屋の前にたどり着いた私はノックをする間もないままにリヴァイさんから部屋への入室を許可された。
走ってきたので髪や服の乱れを気にして立ち止まったのに、慌ててしまった。

ノックの仕方で判断されることはあっても、何のアクションも起こさないままに部屋への入室を許可するなんて。

私の問いかけに、一瞬瞼を微かに動かすように目を見開いた彼は、多分癖になっているんであろう舌打ちをして、唇を歪めた。






「ふっ……」

「な、なんで笑って…」

「お前には、本当にかなわねぇな」

「?かなわな…んっ…」







突然塞がれた唇は、さっきとは打って変わって乱暴さは微塵もなく、それはただ甘く、深く、優しかった。

そして、そのあとは久しぶりの交わりを終えるまで(一体どれくらいの時間そうしていたかはわからないけど)彼によって私の思考は停止され、さっきまで頭にあった疑問はどこへやら。
彼からの愛に応えることに精一杯な私は、もう何もかもどうでもよくなってしまった。
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