Blackish Dance
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シドが置きっ放しにして行った、魚の入っていない魚籠(びく)をミヤに返した後、秀はリヤの宿(いえ)へ来ていた。リヤはリヅヒと言う人と住んで居るらしい。
リヤの宿で秀は色々な事を教えられた。
この村の事、住人の事、そして秀が仲間にふさわしいと言った理由。
“堅洲(カタス)村”ここは“葦原中ツ帝国既死軍(アシハラ ノ ナカ ツ テイコク キシグン)”の拠点。
“葦原中ツ帝国”と言うのは、この国の正式名称だ。普段は「帝国」と短縮される。
既死軍と言うのは“裏の”帝国軍らしい。帝国軍は“治安維持部隊”と“対国外衛部隊”、俗に言う警察と自衛隊が一つになったものだ。
そして、この村に住むのは、全員既死軍の一員。皆男だと言っていたが「そりゃ女の子居た方が良いに決まってるじゃん。でもねぇ……」と苦笑いで付け足した。
そこまで説明した所で、リヅヒが部屋に入って来た。
「時間だぞ」
「うわ! もうそんな時間? ごめん秀、僕行かなきゃ!」
リヤが勢いよく立ち上がり、にっこり笑った。
「まだ説明しきれてないんだけどね。後はアレンさんに任すよ」
それ、は秀が村で初めて会った人の名前だった。
「あ、まだ一人じゃ宿まで帰れないよね?」
「だと思ってアレン呼んどいたぞ」
そう言うリヅヒの後ろには、アレンが立っていた。
「さぁ、帰りましょうか秀君」
相変わらずの優しい声。会ってまだ数時間しか経ってないのに、何故か安心する。
「ごめんね! また今度!」
そう言い残すと、リヤは慌ただしく部屋を出ていった。
その少し後、誰かがコケる音がきこえた。きっとリヤなんだろう。アレンと秀は目を合わせ笑った。
帰り道、何人かの少年とすれ違った。その中にはシドも居た。
宿に戻ると、秀が寝ていた布団は、きっちり片付けられていた。宿には和室が三部屋に、台所、風呂と手洗い。平屋の一戸建てにしては、まぁまぁ広い方だろう。
囲炉裏の有る居間に入ると、アレンと秀は囲炉裏を挟んで座った。つくづく古い家だと感心した。
「先にこれを返しておきますね」
そう言ってアレンが持って来たのは秀の弓だった。
「これ、僕の……。そうだ! カバンとか、僕の荷物は!?」
大会があったあの日、秀は弓道の道具一式と、学校指定のカバンを持っていた。
しかし、今手元にあるのは弓だけだった。そういえばズボンのポケットを探っても携帯が見当たらない。
「要るんですか?」
真顔で訊かれると、ちょっと困る。でもカバンはまだしも、弓道道具は必要だ。
――弓道だけが僕の生きてる証――
「弓道の道具は……返して下さい」
「返したじゃないですか」
「弓だけじゃなくて、その、弓道の服、とか」
「弓があれば十分です」
「そりゃそうですけど……」
「もう、要らないでしょう?」
ごくっと息を飲む。そんな風に言われると、段々と要らない気がしてくる。
「秀君が生きていた世界には、もう戻らないんですから」
「僕の、生きてた世界?」
「そうだ、名前を決めないといけませんね」
突然アレンが話題を代えた。それきりもう持ち物の話はしなかった。
――僕には必要ない、今までのモノ、全て。どうしてずっと大事に持っていたんだろう? 弓さえあれば幸せだったのに……
そんな考えがふと浮かんで、消えた。
「分かっていると思いますが、私たちは本名ではありません」
秀は軽く頷く。言っちゃ悪いが、親が付けたとしたらあまりにも奇抜な名前だ。
「皆名前と同時に過去を棄てました。秀君はどうしますか?」
「僕は……」
この名前は、父と母が付けてくれた、秀が親に貰った唯一のモノ。
――確かに僕は憎んでいる。家族を捨てたお父さんも、僕を殴り続けたお母さんも。だけど……これだけは。名前だけは、貰っても良いよね?
「僕には過去を棄てる事なんて出来ません。だから、このままが良いです」
「そうですか。それでは改めてよろしくお願いしますね、ヒデ君」
「あ、はい。こちらこそ」
ヒデは丁寧にお辞儀をした。改められると若干恥ずかしかった。