掌編

□地下室の声
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 決して陽の当たらない真っ暗で肌寒い、異質な空間。地下室か何かだろう。
 どうしてこんな場所に居るのかは分からない。手掛かりは後頭部に有る鈍い痛みだけ。きっと誰かに殴られて、気を失ってる間に連れて来られたに違いない。しかし、こんな扱いをされる覚えは微塵もない。自分は何処にでも居る、普通の女子高生だ。
 兎にも角にも、まずは出してほしい。私はドアを探した。ひんやりとした、恐らく打ちっぱなしであろうコンクリートの壁をペチペチ叩いて周る。目は慣れてきたにも関わらず、未だによく見えない。
 四つ目の角を曲がる。これで一周だ。部屋が四角形であれば、の話だが。ドアらしきものは見つからなかった。
 地下室ならば出口は天井かと思い手を伸ばす。しかし、手は虚しく空をかすめただけだった。天井は高いようだ。
「出してよ! 誰か!」
 私は思いっ切り叫んだ。声は反響して、不気味に反ってくる。
「誰か居ないの!?」
 外界に向かって呼び掛ける。返答など有るはずもない。またもや声は反響する。
「私何かした!? お願いだから出してよ! こんな所嫌! ねぇ!」
 何とも言い様の無い感情が沸き上がってくる。哀しいのか、怖いのか、怒ってるのか。最早自分でも分からない。
「やだよぉ…。出してぇ…」
 独りぼっちだ。こんな訳も分からない所で、突然独りになってしまった。私は力無く座り込んだ。
 そんな時、突然聞き慣れた電子音が響いた。規則正しく繰り返されるそれは、間違いなく電話の着信音だ。私は電話の類いなど持っていない。つまり、私以外に誰か、もしくは何かがこの室内に存在するのだ。
 そんな期待に胸を膨らませていると、着信音はやみ、今度は声が聞こえた。
「もしもし。もしもし」
 人が、居る。さっき部屋を一周した時には全く気がつかなかった。私は見えない相手に呼び掛けた。二人で協力すれば、もしかしたらここから出られるかもしれない。しかし、いくら呼び掛けても返事は無い。もしかして幻聴だった?私はそろそろ頭がおかしくなったのかもしれない。体操座りをして、膝の間に顔を埋める。
「もう嫌だよぉ…。私は狂っちゃったんだ。誰も居ないのに話し掛けて、馬鹿みたい」
 自嘲めいた笑みがこぼれた。そうだ、誰かに聞いた覚えが有る。人間は極限状態にまで追い詰められたら笑い出すらしい。
――あぁ、私も終わったな
「こんにちは。こんにちは」
 私ははっと顔を上げた。また声が聞こえた。幻聴では無かった? 私はまた呼び掛け始めた。
「こんにちは。貴方も閉じ込められたの? お願い、返事をして」
「はい」
 思わず立ち上がった。会話が成立した。私はまだ大丈夫だったみたいだ。
「ね、お話ししよう?」
「はい」
 男とも女ともつかない、少し高めの不思議な声。いつからここに居たんだろう? 私よりも先に来たのは間違いないけど。
「貴方、名前は?」
「キュウだよ。キュウだよ」
「キョウ? キョウ君で良いの?」
「そうだよ」
「そっか、よろしくね。私は優菜って言うの」
 それから、私とキョウ君はしばらく喋った。彼は私の話に相槌をうつだけだった。それに時々黙ってしまう。だけど気にはしなかった。久しぶりに人と話したのかもしれないし、恥ずかしがりやなのかもしれない。
 私は一方的に話し続ける。少しでも気を紛らわせようと、暗闇の恐怖から逃げようと必死だった。
「ねぇ、キョウ君は何処から来たの? 私はA県のA市に住んでるんだよ。高校から帰る途中だったの」
「……」
「なのに、どうしてこんな事に……」
「大丈夫」
「うん。有難う。キョウ君、優しいね」
「優しい。キュウ優しい」
「自分で言わないでよね」
 私は笑った。追い詰められた笑いではなく、自然な笑い。

 キョウ君と話し始めてどれぐらい経っただろう?私は段々と疲れてきていた。何だか息苦しい。お腹も空いたし、喉も渇いた。眠気も襲ってくる。身体も内から冷えてきた。そして、遂に話すのもしんどくなって、私は黙ってしまった。
 キョウ君は自ら話さないから、完全に室内は静まり返ってしまった。
 私は仰向けに寝転がった。いくら目を凝らしてもキョウ君は見えない。キョウ君どころか自分の手でさえ見えないに等しい。
 息苦しさが次第に増してきた。呼吸の度にヒューヒューと変な音がする。
 私は丸くなった。手足が震えてるのは寒さの所為?違う、これは寒さの所為なんかじゃない。
――あぁ、そうか。私は……。
「ねぇ、キョウ君」
 何かを悟ってしまった私は、声を絞り出した。上手く口が動かない。
「側に居てくれて、話聞いてくれて、有難う。お陰で、寂しくなかったよ。だけど、見えなかったね。残念だよ、貴方が、見たい。私、キョウ君が、大好き。有難う、キョウ君。有難う」
 頬を涙が伝った。
 私は覚えておこう。
 貴方の声も、涙の温かさも、この暗闇も。
 私はゆっくりと目を閉じた。
「有難う」
 キョウ君の声が、遠くに聞こえた。

 ある日、ボロボロの空家から異臭がすると、ちょっとした騒ぎがおこった。しかし、近所の住人がそこに入っても、視覚的な異常は無い。遂に警察が出動する事態になった。
 警察は言った。
「この空家はとある団体が二、三年前使っていた隠れ家でした。若い女性を地下室などの暗闇に閉じ込めて、狂気に犯されて行く様を監視カメラなどで見て楽しむ、と言う団体です。一昨日逮捕されたばかりで、明日捜査するつもりだったんですが、今からしてしまいましょう」
 警察の指示で空家の床板ははがされ、地面がむき出しになった。そこからは案の定、地下室へと続く入口が見つかった。コンクリートで密閉されていたが、所々に隙間が有った。
 何人かの警官が懐中電灯を手に地下室へと降りた。しかし数分も経たないうちに慌ただしく上がってきた。
 その一時間後には、家はぴっしりと青いビニールシートで覆われ、「立入禁止」の黄色いテープが張られた。

 ニュースキャスターが早口に事件を伝える。また新たに女性拉致監禁事件の被害者が遺体で見つかった、と。
 しかし、今迄の遺体とは違う箇所が有った。
 白骨化した女性の側には、干からびて色褪せたオウムが、寄り添う様に死んでいたと言う。
 

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