short Pdl
□全速力で風を切る
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いつもの満員電車に揺られること10分。
毎朝、私が学校へ着くほとんど同じタイミングで朝練を終えた箱学自転車競技の人たちが部室の方へ走り去って行く。
「早い…」
過ぎる背中を見送りながら羨ましく思った。
毎日満員電車に揺られてるのと自転車で通学するなんて、同じ時間を過ごすなら絶対後者のほうが良いに決まってる。
だからと言ってあんな高い自転車買えないけど。
「おはよう、荒北君」
「…はヨ」
教室に入り窓側の一番後ろの席に座りながら、隣の席の荒北君に挨拶する。
朝は苦手なようで、いつも以上に不機嫌に見える。
そんな荒北君が私は少し苦手だったりする。
*
「嘘でしょ…」
昨日予習が多く鞄が重すぎたためいつもより一本早い電車にしたのに、いつもより多い気がする。
仕方なく満員の電車にぎゅむぎゅむと乗り込む。
かろうじて次の駅に着いたとき降りていく人のお陰で少しだけ空間に余裕が持てた。
息苦しさから少しだけ解放されてホッと肩を撫で下ろす。
「…っ!?」
ふと後ろに嫌な感触。
それが痴漢だと分かるまでに時間は要さなかった。
「(怖い…っ)」
女性専用車両に乗らなかったことを今更後悔した。
あと二駅で着くからとひたすら我慢しようと目をぎゅっと閉じる。
ゾクゾクとした感じは収まらなかった。
お願い早く着いて…!
「(あと、一駅…)」
電車の扉が開いた途端手首を掴まれた。
細くて少し骨の感じがする男の人の手。
「やだ…っ!」
必死に振りほどこうとしても出来ない。
男の人の力は女の人の何倍あるの。
自分の無力さに涙が止まらなかった。
「落ち着けバカちゃんがァ」
「あ、荒北君!?」
「来い」
手を引いていた正体が荒北君だと分かった時にはもう電車は後ろを走っていった。
荒北君だと分かった安心感で気が抜ける。
「な、なんで」
「たまたまだヨ、んで、大丈夫なのかヨ」
「あ、あり、がとう荒北君…っ」
「ちょ、オイ!」
緊張と恐怖からの解放で足の力が入らなくて崩れそうになった私を荒北君は片手ひとつで支えてくれた。
軽々支えてくれる荒北君も、男の子なんだなぁ。
「あ、ご、ごめん」
「ちょっとここ座っとけ、飲み物とか適当に買ってくるからァ」
ホームの椅子に座るのを確認してから飲み物を買いに行こうとする荒北君の制服の裾をきゅっと控えめに握った。
自分でも無意識だった。
「なんだヨ」
「え、あ、なんでもない!ごめんなさい」
「めんどくせーなァ」
頭をポリポリと掻き困った顔をしたかと思えば隣に座って頭をくしゃくしゃと撫でられた。
「あ、荒北君、実は私ちょっと荒北君のこと苦手だったの」
「はァ!?」
驚いたと思ったら小さく"慣れてんだヨ"なんて言われたから話を続ける。
「でも、本当は不器用なだけで優しいんだね」
「っセ、優しくなんかねェヨ」
「あ、ちょっと待ってて」
近くの自動販売機でベプシを買って荒北君の下へ走り渡せば、"ありがとネェ"って言って買ったばかりのそれを開ける。
「ッ!なんだよこれェ!」
「え、わっどうしよう!あ、タ、タオル、はい!!」
走って持ってきたからか見事なほどに噴き出すベプシ。
ベプシでびちょびちょになった制服をタオルで拭く。
「ごめんね、荒北くん」
「どうでもいいけどこれ学校遅刻すんなァ」
「嘘!?走ろう荒北君!!」
「おい、ちょ、待て」
焦って荒北君の手を掴んだけど、気付けば荒北君が私を引っ張る形になっていて、手を掴み返された。
「みょうじチャン遅すぎじゃナァイ?」
「荒北君が早い!でもこれなら間に合うかも、あっはは」
「気持悪ィな」
平気な面して走ってるように見えるかもしれないけど、さっきから掴まれた手首が熱を持って消えない。
こんなの、誰だって恋に落ちるに決まってる。
*
「荒北君折角走ってきたのに、一限目から寝たら意味無いよ…」
寝ている荒北君の寝顔はとても綺麗だった。
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