The prime

□out
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いくら名残惜しくとも夏は終わり、短い秋を抜けて冬を迎える。
吐く息が白い。俺はこれが好きだ。水の中で息を吐きだしたときのように、いつもは目に見えないものが見える。存在していると実感できるし、何よりも綺麗だ。すぐに消えてしまうそれらが愛おしくも感じる。
石段に座り、幼馴染を待ちながらそんなくだらないことをのんびりと考えていた。

「待たせたな。」

遙の息も白く染まる。食べてしまいたいそう思った。

「遅い。」

ぽろりと零れそうになる感情を隠すようにマフラーに顔を埋めた。遙への想いを好きという言葉以外で表すと、複雑な表情になることに気付いてから俺はこうやって我慢をするのが癖になった。

「マフラーしてるじゃないか、俺の方が寒い。」

よこせと、マフラーを引っ張られる。

「しゃーないなあ」

首を絞められるよりはマシと、マフラーを外そうと手を掛けると遙が俺の手を掴んでそれを止められる。

「やっぱりいらない。」

「いつからそんなに難しい子になっちゃったの…」

「代わりにこっちで我慢する。」

そう言って、指と指を絡ませて…所謂恋人つなぎ?
今年の夏からもう何度となく手をつないでキスをした。始めした時の胸の高鳴りはもうない。ただ、いないと無性に寂しくなるようになった。いるのが当たり前するのが当たり前になってしまった。俺はこの数カ月でずっと貪欲な俺になってしまったのだ。
ドキドキがほっこりに変化したように俺の気持ちも

「鼻が赤い。」

空いている手で遙の鼻を撫でる。

「寒いからな」

「じゃあこっちもあっためてあげる」

鼻の頭にキスを落とした。外でキスをするのは、初めてのあの時以来だ。

「恥ずかしいやつ」

ぷいっと横を向く遙。

「何?遙は、他のところも寒いの?しょうがないなーまったくー」

「もういい!早く行くぞ」

時々びっくりするぐらい大胆なくせに、こういう時だけ恥ずかしがる遙。正直ポイントがわからないけれど、そんなところにも笑みが零れるのだから放っておくことにしている。

「可愛い」

「お前はうるさい」

もう、しばらく泳ぐことのできない海を視界に入れながら俺たちは階段を降りていった。
駅までの道はずっと下り坂なのだ。


***


親戚の家の近くにできた新しい温水プール付きの施設。その開館記念の無料チケットを貰ったのは、母が遙のことを話したのがきっかけだったらしい。
遙と電車に揺られながら、ぽつりぽつりくだらないことを話す。遙は、多くのことは語らない。だけど、こちらから話しかけなくとも話題をふってくれるのだ。気を使われているのか、俺だから話してくれるのか。俺の中ではいくつもの答えの出ない問いがぐるぐる回っている。聞いたら、答えてくれるのかな。きっと遙は答えてくれるだろう。けれど俺は怖いのだ。真実を知ることが。だから、だらだらとこの関係を続けてしまっている。

新築の建物に入り、綺麗な更衣室で服を脱ぐ。人は冬だからということもあり疎らだった。
すでに準備万端の遙の水着を見やる。いつものように似たような水着。締め付けが違うらしいが、その言葉を聞くたびに変な気持になってしまう俺の気持ちにもなって欲しい。

「今日の水着の締め付けはどう?」

「まあまあ」

萌える。
最近知ったのだが、俺のこの遙への感情は萌えるというものが当てはまるのかもしれない。可愛いだけじゃなくて少しえっちな気分にもなってといういくつもの感情がぐちゃぐちゃな混ざったもの。萌え。
まだ、遙には直接言ったことがない。絶対に冷たい目で見てくる。



何往復も泳ぐ遙についていけなくなった俺は、水から上がる。
生ぬるい水。50メートルプールには、俺と遙しかいなかった為、プール際に座り、手を付けて波紋を眺めていると、大きな笑い声が隣の流れるプールから聞こえてきた。声を辿ると、大学生だか高校生だかの数人の男がはしゃいでいる。もやし、細マッチョ、眺めて沸き出た感情に溜息をこぼす。

俺の欲の対象は同性のみ

薄々わかっていたことだった。だけれど、こう目の当たりにする度に悔しいとも悲しいとも取れる気持ちになる。女の子は好きだ。可愛いとも思う。だけど、欲情はしない…勃たないのだ。
遙はどうなのだろう。
滝が初恋なんていう俺の想い人。一緒だったら良い。でも遙がゲイでもなんだかそれはそれで嫌だ。俺だけを好きになればいいのに、なんてちっちゃいことを考えてしまう。

俺にだって大切なものがたくさんあるように、遙もそうだ。そんなことはわかってる。
でも思ってしまうのだからしょうがない。思うだけならいいだろう?と誰にでも無く問いかける。勿論、返事は返ってこない。誰も罪ではないよと俺に言ってはくれない。


「遙ー、いい加減休憩しろー」

放っておけばずっと泳ぎっぱなしの馬鹿に声をかける。だいたい聞こえないふりをされるのだが、今日は一回で泳ぐのを遙はやめた。水から顔だけ出してじっと俺を見ている。

何かを伝えたいらしいが、残念ながらくみ取ることはできなかった。

「そういうテレパシー系は真琴にやれよ。俺はわからん」

「…」

「なんだよ」

「いや、いい」


れだけ言って、遙はプールサイドに上がった。タオルを渡そうと近づいたときに頭ぶんぶんするの止めてくれないかなーもう何度も注意したんだけどなー
遠巻きから見るぶんにはツボなその行為も、水滴が自分の顔に飛んでくるとなると話は別だ。
むっとしたので、タオルを遙の顔に向かって投げてやった。勿論、タオルが広がってたいしたダメージは与えられない。

「ありがとう」

そう言って、遙はすぐにプールに視線を投げてしまう。
なんで遙が競泳をやめたのかなんて俺は知らない。けれど、誰よりも泳ぎたがりなことは嫌って程知っている。遙は競泳に何かしらの感情をまだ残している。だから、こんなにも瞳を揺らしている。50メートルプールを見ている時はいつもそうだ。

何があったのか、何を思っているのかなんて聞く気はない。
話したかったらもうとっくにこいつははなしているはずなのだ。

話したくない。それがこいつの気持ちなら俺には、傍にいて話したくなった時に横にいてやれるようにする。
ただのエゴなそんなことを思っているって、目の前のこいつは気付いているんだろうか。
気付いていないんだろうな。





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