The prime

□ready
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遙と念願のフェラという一大イベントから、俺たちの会う時間は少しずつ減っていった。
それでも不安ではない。お互い、何をしているのかはわかっているからだ。

それは、今日という日の為の


「いよいよ、今日だね」

真琴の声に俺は背筋を伸ばした。

フリーでの因縁の対決。遙と松岡のタイムが互角というのは幾ら遥といえどおかしくはないかとも思った。けれども、あれだけ遙に固執している松岡のことだ、という理由で納得できるものでもあった。
それに気になることがある。遙がいつになく真剣に勝負に取り組んでいる。それは、今までの遙にはあり得ないことで。
松岡が、遥を変えた

そんな事実が、俺の体をぐるぐると回る。

「凛、いないね」

そこからの記憶は、酷く曖昧で
松岡に遙が負けたレースもぼんやりとしていた。松岡を前にしても、特に思うことなどなかった。言うことなど見つからなかった。皆が、遙を探しに行くというからついてきただけだ。
そっとしておくのがいい。俺にとっても、きっと遙にとっても

それでも、どうしても気になってしまって、俺は遙を探した。かける言葉も浮かばないのに
こんな時ばかり、遙という人物はすぐにみつけられる。

「拓也か、」

「…」

茶化すのも違う気がして、俺は遙をじっと見つめながら遥の隣へ腰かけた。
見るからに元気がない。

遙は何も言わない。俺も何も言わない。
そんな空気の中、渚がやってきた。その声に表情に太陽みたいだなだと、思った。
関係のないことだけれど、その明るさや行動力がないから俺は水泳でも渚に勝てないのだと、そう、思ってしまった。
何か別のことを考えている時の方が、意外と体は力が抜ける。俺は、自己ベストとはいかないまでも割と良いタイムを出した。勿論、決勝にはいけなかったが。

「終わっちゃったね…」

皆で、終わったと寂しいようなやりきったような気持ちや雰囲気の中、俺は気にしていた。というか、怒りを覚えていた。
でもそれは、突然現れたメドレーに一瞬心が持っていかれることとなる。


「いいえ、しょうがなくありません。まだ、明日があります。大会二日目!」

「ごめんなさい!皆さんに内緒でメドレーリレーにエントリーしてました!」


そこで、俺の頭に過ったのは、遙のことでも江ちゃんのことでもなくて、自分のことだった。

「やる価値はある!でも、ブレはどっちが泳ぐの?」

「そんなの渚に決まってるだろ。お前の方がタイム良いんだし。はい決定。それより、早く遙探してメドレーのこと教えてやろーぜ」

言いたいことだけ言って、俺は歩き出した。後ろの声はなるべく聴かないようにして。
そんな俺の横に、江ちゃんが駆け寄ってくる

「ごめんなさい。拓也先輩!でも、私っお兄ちゃんに!」

「…わかってるよ。わかってるから。」

それ以上の言葉を掛けないで
と、できる限り優しい顔に声を作って伝えた。

遙の家に向かう道の途中、俺は気分が悪いから悪いけれど先に帰ると告げて学校へ向かった。

燻る何かが、怒りへと変わった気がした。いっぱいいっぱいだ。これは、吐き出さなくてはやってられない。
そっと抑えていた感情を、全力で走ることで発散した。

それでも、中々俺の怒りは消えてくれなくて、俺は、水面が揺れるのを見て大きく息を吸った。
この距離でも、あいつの耳へと届くように

「こんの大馬鹿野郎!」

プール門まで周って行くのが面倒だったので、フェンス越しに叫ぶ。
声が聞こえたのか、遙は、真っ直ぐにこちらを向いていた。

「何かあったとか、何を思ったかは知らねー!けど、今まで一緒に頑張ってきた奴らをほっぽり出してまで1人になることが必要だったのか!?あいつらはなあ!今お前のいないお前の家で待ってるんだよ!遙を!…メドレーに!一緒に出ようって話すために!それなのにお前は!こんなところで何やってんだ!」

それだけ言って、俺はまた走り出す。幾ら大会に向けて走り込みをしていたからと言って、息は上がる。

俺が向かったのは、ランニングコースでよく来る浜辺。
Tシャツを脱ぎ捨て、無我夢中に泳いだ。波はいつもよりずっと穏やかでまるで俺を受け入れてくれているように思えた。
無我夢中に泳ぐと、その分体力を使う。今回はそれにプラス怒るという体力を使う運動まで加わっているものだから、限界はすぐにやってきた。息が苦しくて呼吸の度に何処からか音がする。
浜へ帰ろうと足が付く所まで泳いだ時だった。

右足に経験のある違和感。
そこから、痛みがくるのは一瞬だった

海水を飲み込んで、口に広がる嫌ってほどの塩の味
足が痛くて息が苦しくて、でもここで溺れたとして誰も助けてくれないのはわかっていたから必至で浜辺へと這い上がった。
どれくらいの海水を飲んだのだろう。
噎せながらの荒い息の中苦しさで視界が歪む。俺は堪えずに涙を流した。

俺は何をしてるんだろう

情けなくてしょうがなかった。できることなら逃げてしまいたい。
遙からも水泳からも


だって俺はいらないのだから

感情はシンプルだ。
悲しい

求めているのに、相手が求めてくれないのはこんなにも悲しくて
今自分の持つ感情が空しい。どうしていつもこんな劣等感の中でもがかなくてはいけないのか。
ただただ苦しくて
逃げたくて、でも逃げられないのもわかっていて

メドレーに、俺も出たかった
遙に縋られたかった

涙も止まり、喉が渇いたと家路に着いたのは、それから暫くしてからのことだった。



***



次の日の朝早く、俺は目が覚めた。朝のランニングが日課となっている証拠だ。
それでも今日はなんとなく目覚めたくなかった。そんな重い気持ちを抱きつつ、俺はランニングコースに学校を加えた。


「お前ら、2人じゃ確認もできねーだろ」

呆れながらのように聞こえただろうか。
どうかこの後輩2人の熱意に心が動かされたのがばれてしまいませんように

教えるのは、嫌いだ。だってそこまでの成績があるわけでもない俺からのコメントは、信用性に欠けるから。
それでも、小さい頃から見るものは見てきた。だから、悪いところが何処だと思うかと聞かれたら、答えられる自信はある。
もうどうにでもなれと、渚と怜に思いつく中から、意思でどうにでもなるだろう部分を伝えた。

クラブのメドレー練習がこんな所で役に立つとは思わなかった。


「実は!」

「さっきまで僕たち、拓也先輩と学校のプールでリレーの引継ぎの練習をしていたんです!」

「これで怜ちゃんの失敗フラグは回避だよ!」

「いつの間に…それに、拓也は?」

「ああ、先輩なら、ユニフォームが家にあるとかで着替えてから来るみたいです。」

「たっくんたら意外とおまぬけさんだよね!」






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